PARCIC

東ティモール

東ティモール渡航レポート

はじめまして、7月20日から東ティモールの栄養改善事業担当に着任し、7月22日に東ティモールに赴任しました、桑原です。

私にとって、東ティモールは4か月ぶりです。というのも、私は2018年の7月から青年海外協力隊として東ティモールに派遣されており、今年の3月に新型コロナウィルス感染拡大のため一時帰国となっていました。そのまま協力隊としての任期は終わってしまいましたが、今回ご縁があり、パルシックのスタッフとしてまた東ティモールに戻れることになりました。嬉しい反面、新型コロナウィルスの流行もあって、移動に不安もありました。このご時世の海外渡航、そして東ティモールでの隔離生活はなかなか経験できないことだと思い、私の体験をまとめてみました。

7月21日

成田空港第2ターミナルに到着。通常東ティモールへはバリ(インドネシア)を経由して行くのですが、現在東ティモールへの定期路線は国の水際対策の一環で運休中。そのため今回は国際連合世界食糧計画国連(WFP)が運航する国連人道支援航空サービス(UNHAS)を利用することとなり、まずはUNHASの発着場所であるクアラルンプール(マレーシア)へ向かいます。空港内は閑散としていて、お店もほとんど閉まっていました。チェックインカウンターや手荷物チェックなど普段であれば人が並んでいる場所もほとんどスタッフのみ。時間に余裕をもって移動していましたが、通常よりもかなりスムーズに進むことができました。

閑散としている空港内

前後の座席は空いており、私の座席は横の列にも誰もいませんでした。

搭乗ゲートの変更や30分ほどの遅延はありましたが、無事に離陸。機内の座席の間隔はかなり広くとられていたように感じます。深夜にクアラルンプールに到着し、翌朝の乗継便のため、ターミナル内にあるホテルで休みました。

7月22日

いよいよ東ティモールに向かいます。クアラルンプールの空港内も成田空港同様、お店はほぼシャッターが下りている状態でした。定刻通り飛行機が飛び、3時間ほどたったころでしょうか。着陸のアナウンスがあると、窓の外には見慣れた首都ディリの街並みが見えてきて、東ティモールに戻ってきたことの実感がわいてきました。久しぶりの東ティモールに気持ちも高まります。飛行機を降りるとマスクをした職員が大勢いて迎えてくれました。そのまま入国審査へ進みますが、ここで健康チェックが入ります。パスポートと、日本で受けたPCR検査の結果などを提出して無事に通過しました。

到着時の空港の様子

健康チェック担当の医師たちは防護服とフェイスシールドを装着し、完全防備でした。

その後、預け荷物を受け取り、通常とは異なる出口で待機し、隔離施設ごとに車が分けられて、順番に出発していきました。

待機場所。ゲートの先には行けません。車もすぐ近くまで来てくれるので、荷物を移動させてそのまま乗り込みます。

そして、到着日から2週間の隔離生活がはじまります。今回隔離施設として指定されていたのはホテルティモールというホテルですが、とても素敵な部屋で、快適に過ごすことができました。 食事はレセプションから送られてくるメニューの中から選択し、スタッフが部屋の外まで運んできてくれます。

部屋の様子

ある日の昼食。メニューはフライドチキン、サラダ、豆ごはん(赤飯に近かったです)

そして、毎日天気が良く、朝日と夕日が綺麗! 窓から眺めるのが毎日の日課でした。私が日本を出発した時、日本は梅雨の時期で、毎日曇りか雨という天気だったので、久しぶりの夏空がとても嬉しかったです。

朝6時半ごろの景色

また、隔離期間中はドクターから健康状態を確認するテキストメッセージが送られてきたり、保健省のスタッフが部屋まで来て、聞き取りで健康チェックが行われたりしました。また、1週目を過ぎたあたりでPCR検査も行われました。日本と違い、喉と鼻(鼻は左右両方)で検体を採取されました(もうPCR検査はしたくないです)。

8月6日

そうこうしながら2週間がたち、検査結果も陰性とわかり、隔離解除となりました。4か月ぶりのディリの街並みは、大きな変化はあまり感じませんでしたが、手洗いタンクが設置されていたり、マスク着用必須のスーパーがあったりなど、新型コロナウィルスへの対策が随所に見られています。

協力隊のころの活動先の保健省。手洗い場所が設置されていました。

新型コロナウィルスに限らずですが、日々の健康管理を怠らず、健康第一で過ごしていこうと改めて感じました。

以上で私の渡航レポートは終わります。

今回の渡航にあたり、多くの方が関わってくださいました。そのことに感謝し、東ティモールでの事業に精一杯取り組んでいきたいと思います。

(東ティモール事務所  桑原真菜実)