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破壊された実家、失われた心の平和

  • コラム

戦争が始まって184日目、202447日にイスラエル軍はガザ地区南部最大都市のハンユニス県から地上軍の撤収を発表しました。昨年12月上旬に始まった同軍の地上侵攻による攻撃は3ヶ月以上におよび、海岸沿いに位置するアル・マワーシ村以外の地域一帯は徹底的に破壊されました。もちろん地上侵攻だけではなく、民間人をも対象とした無差別な空爆も続いていました。

地上軍が撤収した後の21日には、同県にあるナセル病院(Nasser Hospital)の敷地から300人以上の遺体が発掘され、その中には多くの子どもや高齢者の遺体、また拷問を受けた痕跡のある遺体もあり、国連機関も戦争犯罪の疑いがあるとして独立調査を求めるなど、その惨状が明らかになってきています。

ハンユニス県からラファ県などに避難をしていた人びとは、自宅の状態を確認しようと故郷に戻り始めました。道路も何もかも破壊され、風景が変わり果てたなかで、やっとの思いで自宅にたどりつくと、一帯は無残にも瓦礫と化していました。ガザスタッフのシャディが、2か月以上のあいだ避難生活を送っていた、ハンユニス県にある実家の変わり果てた様子を共有してくれました。

シャディからの声

私の実家は、見るも無残に破壊されていました。4階建ての建物の一戸が実家で、別の階には兄弟や姉妹も暮らしていました。11人きょうだいやその子ども達が集う大家族の思い出が詰まった家は、おしゃれな家具を選んで、家族のみんなの心が休まる癒しの空間でした。

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外壁だけが辛うじて残っているシャディの実家ときょうだいの家があった建物

シャディの兄弟が住んでいたフロアの破壊状況

特にパレスチナの家には美しい家具や装飾品で内装をこだわり、家族や来客が団らんできるサロン(応接間)と呼ばれる部屋があります。一般家庭の応接間としては、一見大きすぎるように見えるかもしれませんが、きょうだいやその子どもたちがそろうとすぐにソファは満席になり、小さな子どもたちが愛らしく走り回っていました。しかし、今では瓦礫と灰に埋もれ、跡形もなくなってしまいました。

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破壊前のシャディの実家のサロン(応接間)

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破壊後の同じ部屋

もっと苦しい状況の人はたくさんいます。家族を全員殺された人、四肢を失った人、子どもだけ生き残ったケースなど、心痛極まりないです。しかし、実家を失った悲しみは言葉にできません。私たちガザの人びとにとって、家族が団らんできる場所は本当に大切で、心を平和に保つ居場所でした。しかし家は思い出と共に破壊されました。我々は十分すぎるほど痛みを味わっています。私の弟は単身エジプトで医者を目指して勉学に励み、今は研修医として頑張っています。彼も帰る場所を失いました。私のきょうだいの一人は、戦争が始まってから苦渋の決断でエジプトに退避しました。家も家族もバラバラです。これが我々の苦しみに拍車をかけています。家族こそがエネルギーでした。どうか、不条理にも十分すぎるほど壊されたガザの人びとの心に、うちなる平和が取り戻されますように。

(ガザ事務所 シャディ)

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