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タグリードからの手紙

  • コラム

2023107日からガザの抵抗勢力ハマスらとイスラエル軍による戦争がはじまり、6ヶ月が経過しようとしています。絶望的な状況の中、3人の子を持つお母さんであるガザスタッフのタグリードが、行き場のない感情を13ページにわたる手紙で伝えてくれました。自らも体調がすぐれない中で、子どもたちのお母さんとして懸命に子どもたちの心に寄り添いながら、パルシックが支援してきた羊農家の女性たちや女性組合員とも連絡を取り、きめ細やかな気遣いは戦時中の現在も変わることはありません。そんな慈愛に満ちたタグリードが、日本でガザに心を寄せてくださるみなさんに読んで欲しいと懸命に書き上げてくれた手紙を紹介します。

タグリードからの手紙

戦争がはじまって今日で162日が経ちました(316日時点)。ガザの全ての人びとはイスラエル軍による狂気的な攻撃の中、必死に生き延びようとしています。私たちは深い悲しみ、恐怖、破壊、あまりにも多い死を経験し、まさに二度目のナクバ(*)となっています。

イスラエル軍は意図的に市民を攻撃しています。これは戦争犯罪です。今すぐ停戦となるべきです。恐ろしい大虐殺が今まさにガザで起きています。イスラエル軍による昼夜を問わずに続く大規模な空爆に加えて、水、通信、電気の供給の停止は残酷で非人道的であまりにも無情です。

私の3人の子どもはトラウマで苦しんでいます。私は子どもたちの母親として最大限強くあろうと努めています。子どもたちに本を読み聞かせたり、子どもたちが絵を描いて気を紛らわすことができるようにしたりして、ひたすら長くて出口の見えない地獄のような時間を何とか乗り切ろうと試行錯誤しています。

この戦争は最悪を何度も更新し、パレスチナ人への人道支援活動もイスラエル軍による恣意的な妨害によって多くの困難に直面しています。しかし私たちは今、最低限の生存に必要なものをUNRWAなどからの支援に頼らざるをえません。イスラエル軍はガザの多くの道路を封鎖し、ガザの220万人全員が移動を制限されて、ガザ内で退避をすることも、ガザの外に出ることも命がけです。

イスラエル軍による狂気的な攻撃は、多くの人びとに怪我や障がいを負わせるだけではなく、病院やクリニックも意図的に狙っています。そのため、医療サービスへのアクセスも極めて難しくなっています。慢性疾患や重篤な患者も治療を受けることが難しく、薬を確保することも容易ではありません。

私の生活もこの戦争によって甚大な被害を受けています。ほぼ毎日、ミサイルによる爆音や攻撃の音で目を覚まします。起きた瞬間から地獄のような一日の始まりです。戦争がはじまった107日以降、私たちはかろうじて睡眠をとれていますが、熟睡できてはいません。水や薬、食料も乏しく、日常生活を送ることも困難を極めています。世界中の多くの人たちは、私たちが今経験している苦しみ、絶望、みじめさ、拷問の日々に直面することはないでしょう。きっと皆さんには想像を絶する状況が今私たちに起こっています。

深い悲しみ、怒り、無力さ、絶望、喪失感、あらゆる感情が私の心を蝕んでいます。戦争がはじまった日から、子どもたちは私の隣で寝るようになりました。時々私は、子どもたちが寝ながら悪夢にうなされている声や震えで起きる時があります。また、娘は私が寝ている時も私の手や顔、背中を常に触っています。私が生きているか、隣にいるか無意識に確認しているのです。

私たちの生活は、日に日に苦しさが増すばかりです。食べ物を見つけることは容易ではありません。パンや野菜を買うために数時間も並ぶのです。そして価格は信じがたいほど値上がりしています。小麦粉は、ガザ中部は125kg500シェケル(約2万円)、北部では1000USD(約15万円)とも聞きます。私も以前300シェケル(約12,000円)で購入しましたが、なんと大量の虫がたかっていて、とても食べられたものではありませんでした。

これらはイスラエル軍がラファ検問所を封鎖しているためです。エジプトでは世界中から届いている支援によって多くの食料がトラックに積まれているにも関わらず、ガザへの十分な搬入を認めないのです。

市役所が提供する水道サービスも水不足に直面しており、水道管などのインフラも徹底的な破壊を受けています。市販の水タンク(1m3)も以前は1.52シェケル(約60円から80円)だったところが、今では60シェケル(2400)です。水不足のため、私はシャワーを浴びるのを1ヶ月に一度だけにして耐えています。

私は家庭菜園が好きで、数年前から自宅の小さな庭で多くの冬野菜を育てていました。しかし戦争で水を調達することが難しくなり、色々な種類の野菜、果物、お花を育てていたにも関わらず、収穫できたのはルッコラと唐辛子だけでした。

11月下旬の一時停戦の際、私は家の外を歩くことができましたが、建物は無残にも破壊されて、腐った死体の臭いも立ちこめていました。空爆は特に夜に激しさを増します。暗闇の中では瓦礫に埋まった人びとの救出が困難になるため、イスラエル軍が故意に夜に攻撃を激しくしているのです。

この戦争、いやジェノサイドは、日を追うごとに激しさを増しています。食料を買いに商店に行くと、商店は人であふれかえっているうえに、知り合いであってもやせ細っていたり、ひげが伸び切っていたりして、まるで別人のようで誰が誰か分かりません。

通信状況も特に私が住む地域では悪く、数週間も両親と連絡が取れないこともありました。私の住む地域がイスラエル軍による大規模攻撃の対象になった時、私の71歳の父は、電話がつながらなかったため私の家まで40分間も歩いて避難するように伝えにきてくれました。私は避難先での生活の大変さを聞いており、また一度自宅を離れてしまったら戻ってこられなくなることを恐れて、極限まで自宅に留まっていたかったので苦渋の決断でしたが、家を離れてラファ県の姉妹の自宅に避難しました。そこで36日間避難生活を送りました。しかし姉妹の家には他の世帯も避難しており、トイレ一つを50人で共有するなど、衛生状況は非常に悪かったです。

その後、自宅周辺の大規模攻撃は終わったとの情報を得たので、命がけでしたが自宅に家族で帰りました。その道中で見た光景は、火の海であり、地獄そのものでした。私はこれが現実に今起きていることではなく、終わりのない悪夢を見ているように思いました。自宅を目指していた途中、座って休憩していると、子どもたちは手を合わせて「どうか安全に自宅にたどり着けますように」と祈り続けていました。その後、何とか自宅に戻ることができました。しかし父は心配でたまらず、また40分歩いて私が無事に自宅に着いたか見に来てくれました。

私たちの心と魂は十分すぎるほど傷つき、打ちのめされています。このジェノサイドを今すぐ停止して、飢餓も今すぐ止めてほしいです。ガザの全ての人びとはこれまでの生活を取り戻すことを心から願っています。このジェノサイドを行っているイスラエル軍やこの戦争に加担している全ての国は、人間性と良識に基づいて、この狂気的なイスラエル軍による猛攻撃を止めてほしいです。私たちはもうこれ以上、耐えることができません。どうか止めてください。

(ガザ事務所 タグリード)

(*)「ナクバ」とは、1948年のイスラエル建国によって、パレスチナの地に住んでいたアラブ人約75万人が迫害および居住地から追放されて、難民となった出来事を指し、「大災厄」とも言われます。

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