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ガザ人道支援

サハルの冒険2 旅は憂いもの辛いもの<前編>

サハルの冒険1<後編>より

手元には、サハルのパレスチナパスポートがある。

日本大使館でサーデクにビザを申請してもらうため、ガザ事務所からラマッラー事務所に送ってもらったものだ。

パレスチナ人にとって、旅の準備は「渡航先のビザを取れば終わり」ではない。しつこいようだが世界ランキング96位、まだまだやらねばならないことは山積している。だが、ここからは、パレスチナ人の中でもその「所属」によって取るべきプロセスが枝分かれしていく。

パレスチナにおいて「所属」はあまりに複雑だ。複雑すぎてその全貌はなかなか見えない。が、パスポートだけに焦点を当てて単純化するとほぼ3~6つくらいのカテゴリーに分けることができる。

  1. パレスチナのパスポートしか持たないパレスチナ人
  2. ヨルダンなどほかの国のパスポートとパレスチナパスポートを持つパレスチナ人
  3. イスラエルパスポートを持つパレスチナ人

そしてこれに居住場所別の区分が付け加わる(ヨルダン川西岸地区、イスラエル国内およびエルサレム、ガザ地区)。日本人からしてみると、ここまででもはや理解の範疇を超え始める。とまれ、あくまで「海外へ行く」ということだけに焦点をあてて、1のケースを考えてみる。

ではまず、1のケースに当てはまるヨルダン川西岸地区に住むパレスチナ人の場合だ。

パレスチナ自治区内には現在稼働している空港がない。そのため、空路で海外へ行くためには、イスラエルかヨルダンの空港を使うことになる。だが、パレスチナ人がイスラエルの空港を使うには、まず西岸地区の検問所を抜けるための「入域許可証」と、別途「空港の利用許可証」2種類の許可証が必要らしい。そして、申請したからと言って必ず許可が下りるわけではなく、下手をするとフライトの当日にやっと許可が下りた旨の連絡がくることもあるというから、とても現実的とは言えない(ちなみにビザを取る時点でフライトの予約確認書を提出する必要があるから、よほど細かい変更のできる高価なチケットを持っていなければ、高い確率でお金を失うことになる)。

そうすると、必然的に隣国ヨルダンへ陸路で移動し、空港を使わせてもらうことになる。パレスチナ人の多くはヨルダンに親戚がいることもあり、ヨルダンへ行く機会は極めて多い。そのため、ヨルダンと陸続きの西岸地区に住むパレスチナ人は、ヨルダン入国にビザが要らない。

パレスチナは軍事占領下にある。だから国境を管理しているのはパレスチナ人ではない。西岸地区からヨルダンに行くには、ジェリコ県にある、イスラエルが管理するアレンビー検問所を抜け、国境地帯を通ってヨルダンの管理するキング・フセイン検問所で入国手続きを行う。

ビザが要らないとはいえ、これらの国境検問所がパレスチナ人にとって使いやすいかというとそうでもない。活動家としてブラックリストに載っている人物と同姓同名(の別人)という理由でヨルダン入国を断られた人もいると聞いた。ヨルダンは西岸地区のパレスチナ人にとってほとんど唯一の海外への出口だから、ここでイスラエルから出域、もしくはヨルダンから入国を拒否されるということは西岸地区から出られないということを意味する。

国境検問所だって24時間週7日開いているわけではない。混雑していることも、出入国管理官に止められて審問にあうこともざらだから、検問所通過で4~5時間待ちは十分あり得る。そして、キング・フセイン検問所から空港のある首都アンマンまでは車で2時間程度の距離だ。

海外旅行慣れしている人はおそらくピンとくるはず。たいていの空港は、フライトの2時間前までにチェックインするように求めている。ジェリコ県以外に住んでいる場合は、アレンビー検問所に行くまでだって移動時間がかかるのだ。フライトの何時間前に家を出なければならないかを考えると気が遠くなる。たとえ渡航先のビザが取れたとしても、楽な道などない。

そんな長旅へ、齢60歳のサーデクは出発していった。

出発前に、搭乗時間「午前2時」を「午後の2時」と勘違いするハプニングはあったものの(アレンビー検問所はこの時期、朝8時から夜24時までの運営だったため、午前2時アンマン発のフライトであれば、遅くとも前日の夕方には出発せねばならない)、ともかくも無事旅立ったのを、旅路が楽であればいいと祈りつつ見送った。

息をつく暇もなく、今度はサハルの渡航が迫る。

ガザ地区に住むパレスチナ人の場合、陸路の移動でぐったり疲れ切った西岸地区住民よりはるかにややこしいプロセスを踏む、と聞けばうんざりすること必至だ。

ガザ地区は2007年より軍事封鎖下にある。「天井のない監獄」と呼ばれるほど、その出入りは制限されている。その限られた出入り口が、イスラエルが管理する「エレツ検問所」とエジプトが管理する「ラファ検問所」だ。そしてそのどちらも一筋縄ではいかない。

「エレツ検問所」を通りたければ、ガザ地区の住民にとって最も手っ取り早い方法は国連や他国の大使館、大手国際NGOのスタッフになることだろう。なぜなら、よほどのコネと理由がない限り、エレツ検問所の通行許可は下りない。どのくらい下りないかと言えば、ガザ地区の病院から緊急でイスラエルや西岸地区へ搬送しなければならない重体の患者が数日、下手をすると数週間、ひたすら許可をじりじり待つくらい下りない。そして理由が明示されないまま「許可証」の申請が却下されることもある。運よく検問所の通行許可が下りたとしても、通ってそこでおしまいではない。西岸地区住民と同じく、海外に出るためにはイスラエルもしくはヨルダンの空港を使わねばならないからだ。といっても、イスラエルの空港を使うという選択肢はミクロの確率なので、大抵はヨルダンの空港を使うことになる。

その際、さらに1つの分かれ目になるのが「西岸地区に滞在するか、しないか」だ。なぜならば、この「滞在」があるかないかで必要な許可証の数、許可が下りるまでにかかる時間、許可の下りやすさなどが変わってくるのである。

エレツ検問所の「通行許可」はあくまで、ガザ地区を出てよい、ということであって、イスラエル領内への入域や西岸地区での滞在を自動的に認めるものではない。毎週火曜日にエレツ検問所から出ているバスは「許可」を得たガザの住民をまっすぐアレンビー検問所の出入国管理局まで連れて行く[1]。寄り道、道草、途中下車は一切許されない。

では、西岸地区に滞在したいときはどうするのか。そう、「ヨルダン川西岸地区滞在許可」を取るのである。

関門は続く。エレツ検問所を無事通過し、さらに西岸地区を通過もしくは滞在したとして、ガザ地区のパレスチナ人と西岸地区のパレスチナ人では明らかに違うことがある。

ヨルダンはガザ地区のパレスチナ人については事前のビザ取得を求めているのだ。基本的にキング・フセイン検問所からヨルダンへ入国するときはビザが必要だが、キング・フセイン検問所ではビザ発給サービスを行っていないので事前に取得しておかなくてはいけない。

長くなったが一言でいうと、そう、ガザ住民であるサハルの場合はヨルダンビザが必要なのだ。

「ラファ検問所」については後ほど説明するとして、さて、再びビザである。ヨルダンは領事館をガザ地区に置いていないので、ガザ地区から申請しても申請書は西岸地区のラマッラーにあるヨルダン領事館までやってくる。

そんなわけで、手元にあるサハルのパスポートを持って、日本人スタッフがラマッラーのヨルダン領事館まで出向くことにした。

・・・サハルの冒険2<後編>に続く

[1] 正確にいうと、ジェリコのパレスチナの出入国管理局で降ろされ、そこで出国手続きをしたのち、バスを変えて「アレンビー検問所」まで行く。

(パレスチナ事務所 盛田)