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パレスチナ

ガザ:6人7脚の奮闘~女性グループで畜産開始

3月30日の「土地の日」からガザ地区で始まった、難民の帰還権を求める市民の抗議デモ「帰還の大行進」は、メディアでの報道が下火になってきた現在もなお、多数の死傷者を出しながら続いています。2018年12月17日現在、デモ隊の死者は250名、重傷者を含めた負傷者は26,039名に上ります[1] 。負傷者数だけ見れば、2014年のイスラエルによるガザ侵攻を上回る規模となっています。また、手足の切断手術が必要となった人111名、後遺症(麻痺、失明)が残った人27名など重篤な後遺症も多数報じられています。

一方、パレスチナの内部でも、6月頃よりヨルダン川西岸・ガザ地区統一政府への権限移譲をめぐり、西岸地区を支配するパレスチナ自治政府とガザ地区を実効支配するハマスの間の対立が顕在化してきました。自治政府は、ガザ地区への送金の停止、公務員の給与や生活保護・遺族給付支払いの停止、電話等テレコミニケーションサービスの停止、旅券給付サービスの停止など、ガザ地区に対する様々な経済制裁を行うとたびたび言及しており、状況は張りつめています。

 

パルシックが外務省のNGO連携無償資金協力の助成を受けてラファ県東部で実施する「酪農を通した女性グループの生計支援」事業では、2018年3月に事業説明会とともに支援対象者の選定を開始しましたが、支援要請の申し込みが約1,080世帯も殺到する事態となりました。

地域で活動する市民団体(Community Based Organizations: CBOs)や町・村役場のソーシャルワーカー、コミュニティ・リーダーなどの力を借りて、1世帯ずつ精査・訪問し、対象世帯を選定していたさなかの5月、「ナクバの日」前日に強行されたアメリカ大使館のエルサレム移転によって[2] 、治安が急激に悪化しました。一時、事業対象地でも、特にイスラエルとの停戦ラインに近いラファ県東部の村の訪問を中断しなければなりませんでした。

緊迫した状況が続く中、本当につらいことですが「帰還の大行進」デモで家族が重傷を負い、その対応で協働の畜産・酪農活動に継続的に参加できなくなった女性から、事業への参加を辞退したいという申し出もありました。

先の見えない不安な日が続きましたが、8月、ついに畜産・酪農活動に参加する21の女性協働グループを選定し、羊小屋の建設に着手することになりました。1戸の羊小屋の建設には約1.5~2週間程度かかります。小屋は60㎡の屋内と、囲いのあるオープン・スペースから成り、今後の子羊の増加を見据えて15~20頭程度が無理なく飼育できる設計となっています。

小屋の建設開始にあたっては、パルシックの畜産専門家が、女性グループが提供する小屋の建設予定地を一つひとつ訪問し、土地の高低(低い土地は雨季に洪水被災となる可能性が高い)、水源へのアクセス、女性グループメンバーたちの家からの距離、周辺の治安状況などを確認したうえで決定しました。その後、土地所有者(グループメンバーやその親族)との土地使用契約や、メンバーの協働活動についての誓約書など、細かい契約手続きを公証役場で行います。その上でようやく、入札で決定した業者が羊小屋の建設に着手します。その各段階の工事で畜産専門家が細かく施工をチェックし、デザイン・仕様の微修正や施工の甘い部分のやり直しなどを指示します。指示が細部にわたるため、業者側の工事監督者と何度もミーティングを重ねました。

羊小屋の屋根設置

羊小屋の屋根設置

[1] イスラエル側は死者1名、負傷者40名。
[2]  1948年、イスラエル建国によって発生したパレスチナ住民の強制非難・難民化を記憶する日。イスラエル、パレスチナ双方が首都と主張するエルサレムの地位については、オスロ合意において、今後の和平交渉の中で話し合い、最終決定することとなっているが、エルサレムを「イスラエルの首都」であるとして行われたアメリカ大使館のエルサレム移転はこれを無視するものであった。

羊小屋の建設と並行して、8月12日から順次、女性たちに畜産研修も実施しました。研修のトピックは、羊小屋の構造から搾乳、種付けの方法、子羊の週齢に従った餌のやり方や病気の種類と治療方法、畜産にかかる管理費と収益のバランスまで広範囲に及びました。女性協働グループは6人1組の女性たちからなり、メンバーが羊の世話や小屋の掃除、搾乳などをシフト制でこなします。つまり、メンバー全員が羊の日々のお世話やお産、搾乳に参加することになるのです。もちろん、研修後も実地指導は行いますが、基礎となる研修内容は参加者全員がしっかり集中して習得してもらわなければなりません。そのため、研修中は携帯電話の着信音を切り、電話に出ることがないよう、畜産専門家が女性たちに厳しく指導する場面もありました。基本的には搾乳機による搾乳が品質管理・衛生上望ましいのですが、電気や情勢が不安定なガザ地区のこと。手絞りの搾乳を行う訓練も実施し、参加者たちも「エア乳しぼり」で練習しました。研修終了後には、参加者たちの代表が学んだことを要約して発表するとともに、知識テストできちんと身についているかどうかを確認しました。

「エア乳しぼり」で練習

「エア乳しぼり」で練習

9月6日より、小屋の建設が完了したグループが順次羊の配布を受け、現在20のグループで畜産を開始しています。まず妊娠4か月の母羊7頭を配り、子羊が生まれた約1カ月後に、今度は妊娠2か月の母羊7頭と雄羊1頭、計15頭を配っています。段階的な配布にすることで、メンバーたちが日々の世話を学びながら、無理なく畜産規模を拡大できるようにと配慮しています。

配布する羊は全頭、配布前に、地域の獣医さんの協力を得て腹部エコーによる妊娠チェックと皮膚病や感染症のチェック、農業省獣医局の協力を得て血液検査(ブリセラ病、クラミジア感染症の罹患検査)を受けます。これらすべてをクリアした羊のみが女性グループの手元にやってくることになります。羊の配布当日、道路で降ろされた羊たちは、業者や畜産専門家、付き添いの獣医に護送されながら、家々の間を通って真新しい小屋まで列をなして歩いていきます(先頭の羊を捕まえて引っ張っていくと、残りの羊がそのあとをついてくるので簡単に誘導できるそうです)。羊小屋の中ではメンバーの夫や子どもたちが鈴なりになっていました。みんな、ふわふわの羊たちに興味津々。

羊の配布を行う業者とスタッフ

羊の配布を行う業者とスタッフ

羊を小屋まで護送

羊を小屋まで護送

子羊の検診と予防接種を行う獣医さん

子羊の検診と予防接種を行う獣医さん

畜産専門家と獣医が、その場で女性グループメンバーたちに、妊娠期の羊の餌のやり方、助産の方法と緊急時の連絡、日々の世話とシフトをもう一度確認しました。中には住環境が変わったことで「ホームシック」になる羊も。羊の畜産が本格化してからは「羊がご飯を食べないのだけど、どうしよう」「後産(分娩後の胎盤の排出)がうまくいっていないみたいだけど、何をしたらいいの」など畜産専門家や獣医さんの携帯電話にはひっきりなしに女性たちのSOSや相談が届き、そのたびに2人が事務所を飛び出していきます。

飼育記録をチェックする女性メンバーとスタッフ

飼育記録をチェックする女性メンバーとスタッフ

ヤスミーンさんがリーダーを務める女性グループは、羊小屋が真っ先に完成した第一号グループ。10月訪問した際、ヤスミーンさんのグループでは、すでに子羊が6頭生まれていました(羊は妊娠期間5ヵ月程度で1~2頭の子羊を出産します)。

「事業対象者に選ばれるとは思っていなかったの。とても申請者が多かったんだもの。」

とヤスミーンさん。2014年のガザ侵攻で家が全壊し、飼育していた羊10頭もすべて失い、生計手段を失ってしまった彼女は、この事業に参加するまで社会福祉省の生活保護を得ながら、近隣の農地でブドウの葉摘みの農業労働を行い、何とか家計を支えていました。収穫したブドウの葉1kgあたり、2ILS (2イスラエルシェケル:約62円)の賃金をもらっていたと言います。

「私も他のメンバーも、昔から働くことには慣れているの。働きたいってやる気でいっぱいなのよ」

事業に参加する女性たちは皆、世帯の稼ぎ手。ヤスミーンさんも、腎臓の病気で働くことのできない夫を支え、6人の子どもたちを養う一家の大黒柱です。

「グループのリーダーとして責任と自信を感じるの。幸い、メンバーとはとてもうまくいっているわ。お互いによく話をするし、メンバーもきちんと1日の作業内容を報告してくれるの」

メンバーの子どもたちも熱心に働くお母さんたちを見て、羊小屋の周りを掃除したり、床に敷く砂を運んできたり、育児放棄された子羊に母乳を飲ませたり、一生懸命手伝ってくれるそうです。

メンバーの子どもたちもお世話に参加

メンバーの子どもたちもお世話に参加

ヤスミーンさんのグループでは、毎日の搾乳で得た新鮮な羊ミルクを隔週で家庭消費用にメンバー内で分配しているほか、1週間おきに伝統的なチーズやヨーグルト(ラバネ)に手作りしています。「おいしくできたわ」と言いながらも、ヤスミーンさんの探求心と情熱はとどまることを知りません。

「もっとプロフェッショナルな乳製品作りを学ぶチャンスがほしい。ベターじゃなくてベストな品質のチーズを作って、しっかり市場に売り込めるようになりたいわ」

最近では、近所のスイーツ屋さんがヤスミーンさんのグループにチーズの卸売りを打診してきたといいます。12月の訪問の際には、ピザ用のとろけるチーズ作りにも挑戦中でした。

(パレスチナ事務所 盛田)

※この事業は外務省NGO連携無償資金の助成により実施しています。