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スタッフレポート

ガザからCovid-19を報告します

新型コロナウィルスの蔓延により、世界中の人びとがコロナ感染症のことを忙しなく考え続けることになり、パニックが広がりました。世界中で、生命を脅かすこの未知のウイルスを前にして、占領下・軍事封鎖下にあるパレスチナ自治区ガザ地区の状況もまた、例外ではありませんでした。ガザ地区ではパンデミックの対処に必要なキャパシティがないために、コロナ感染症に対する恐れはガザの人びとの生活にも広がりました。ガザ地区は世界で最も人口過密となっている地域のひとつであり、365kmで約200万人が居住しています。誰もがCovid-19はガザで爆発的に広がるのではないかと懸念していました。

政府が移動制限などの予防措置を講じるという発表を行うと、人びとは缶詰や野菜などできるだけ多くの食料を確保しようと買い込みに走りました。皮肉なことに、この状況は、イスラエルの占領によってガザに外出禁止令が課されていた時のことを思い出させました。あの時、外出は、最低限の、生きていくために必要な食料を購入するための数時間しか許可されていませんでした。 残念ながら、私もスーパーに駆け込み、高値で食料、野菜、缶、水を購入した一人でした。独占状態の市場で、トマト2キロの価格は2NISから47 NISまで値上がりしていました(1NISは約30円)。 食品が値上がりしただけでなく、衛生用品の価格も上昇しました。これはCOVID-19対策として、医療関係など緊急性が高いNGOでの需要が高まったためです。残念ながら、薬局はこの需要に合わせて衛生用品の価格を不当かつ急激につり上げただけで、コミュニティには貢献してくれませんでした。人びとは家にとどまってソーシャルディスタンスを守り、学校やモスクは閉鎖、結婚式のパーティは中止になりました。お葬式のために集まることすら禁止され、国境は封鎖されました。

人気の無くなった公園。

困ったことですが、一部の人たちは自分たちが対策に気を付けていないことがどんな結果を招くのか、きちんと理解はしていませんでした。好奇心から罹患した患者さんを隔離しているセンターに近づく人もいました。ローストナッツ売りの若者のエピソードを紹介します。この若者はデイル・アルバラ県の隔離センター近隣までも、ナッツを売りに来て「おいしいナッツ…ローストナッツ…!」と叫んでいたそうです。センターの中に隔離されていた人が、2階の窓からそれを見つけて値段を尋ね、窓からお金を放り渡しました。ローストナッツ売りの若者は、高価なナッツの袋を投げ渡せないので、隔離センターのゲートに立っていた警察官に近づいて、「2階にいる人にこのナッツとお金を渡してくれませんか」と頼みました。警察官が「ナッツを渡すのはいいとしても何でお金まで?」と尋ねると、若者は「だってお金をうけとったからおつりを返さないと」というので、警察官は後ずさり、その場から一歩も動くなと命じました。結局、お金を介して感染の可能性があるとして、若者は同じ隔離センターに入れられることになってしまいました。

大人だけではなく子どもも大きな影響を受けました。ガザには無料の公園や図書館のように楽しめる場所がそうたくさんはないので、子どもたちは普段近所の通りで遊んでいたのですが、ロックダウンが始まると家に閉じ込められることになりました。私の息子は2月の誕生日に自転車をプレゼントされたのですが、1か月もしないうちにロックダウンが始まり、怒り心頭でした。家の中で何ができるのかが大きなジレンマだったのです。幸運にも家には小さな庭があったので、姉妹たちと庭で遊ぶことはできたのですが…。

私たちの事業の対象女性たちも例外ではありませんでした。女性たちの大半が羊の世話当番のために羊小屋に行くことを控えたため、小屋の土地を提供しているメンバーやグループリーダーたちがその仕事をカバーすることになりました。獣医さんに来てもらわないといけないときも行けないと断られ、電話ベースの相談やサービスに限られるという大きな問題にも直面しました。 地域ベースのNGOも、自分たちの事業や対象となっている人びとのフォローアップに苦戦しました。法的・心理社会的なサービスを提供するワークショップを実施することはできず、もちろんタウジーヒ(高校卒業試験。日本で言う大学入試にあたる)を受ける生徒たちへの個別説明会も行えなくなりました。

幸いなことに、当初ガザでは症例は見つかっていませんでした。ラファエジプトの国境が開かれ、新たな症例が確認されるまでは。人びとは怖がり始めましたが、ガザ地区への入域規制措置が取られると、感染者数の増加は著しく抑制されました。数週間前、(断食月に合わせた帰省で)国境を越えてきた旅行者の間で新規感染者数が増加しましたが、逆に、ガザ地区内部では感染者が出ていないことが確認されました。感染した人びとは、綿密な観察を受けながら21日間の隔離措置がとられました。 歴史上ほとんど初めてガザに幸運が味方したといえるのは、ガザでは今のところコロナ感染症の拡大が起こっていないことです。ガザの人びとは10年以上にわたって課されてき軍事封鎖に苦しんできました。経済的および心理的に影響を受けて疲れ切った人々は、さらなる憂き目や負担に耐えられないでしょう。

ガザ地区では、現在、14を超える検疫センターが、南部のハン・ユニスとラファ県、中部デイル・アルバラ県と北部で再開され、エジプトからラファ検問所を経由してガザ地区へ戻ってきた2,218人を収容しています。これらの人々の到着後、ラファ検問所は再び閉じられました。 自宅待機の状況下で、現状を維持することは誰にとっても困難でした。もちろん、母として、そして働く女性としての私にも。在宅で仕事をするにあたって、私は家族の世話と仕事どちらもこなすために、健康であろうと最善を尽くしました。規制が厳しくなり、2か月母に会えず、とても寂しい思いもしました。子供たちは、絵を描いたり、チェスをしたり、ダンスしたり、何かしら好きなことをして時間を有意義に使おうと努めていました。 私は庭づくりに励み、植物に水をやっていました。 もしCOVID-19パンデミックの状況で良い面を探すとするなら、人びとが家族を大切にし、すべての人に敬愛を示し、常に忍耐強く、健康を維持すること、そしてなにより常に手を洗って清潔に保つことに価値を置き始めたことと言えるのではないでしょうか。

 

(ガザ事務所 タグリード)