PARCIC

東ティモール

東ティモールの犬

 フェルナンドが僕を見て

「アステカ―!」

 と叫んでいる。といってもこれは、15世紀のメキシコの文明のことではない。
 ちょっと前にフェルナンドは、足に擦り傷をつくった。テトゥン語では怪我のことをカネックというのだが

「日本語で足のカネックは何ていうの?」

 とフェルナンドに聞かれた。それで僕は

「日本語では『足、怪我』っていうんだよ」

 と教えてあげた。こういうとき助詞は面倒なので省略することにしている。
 それからというものフェルナンドは、僕を見ると「あしけがー!」と、早押しクイズの回答者のように叫ぶようになった。それが「あしけが」→「あすけが」→「あすてが」と変形していって、今では「アステカ―!」とメキシコの文明を叫ぶに至ったのである。ちなみにフェルナンドの足はとっくに完治している。

石を運ぶフェルナンド。長靴を買ったらすぐにネズミが食べて穴が開いた。

石を運ぶフェルナンド。長靴を買ったらすぐにネズミが食べて穴が開いた。

「じゃあ事務所まで歩いて帰ろうかな」

 と僕がいうと、ペドロに

「やめた方がいいよ」

 と真剣に止められた。

「道の途中に凶暴な犬がいて、人が近づいていくと噛むんだ」。

 それを聞いてほかのスタッフも口々に

「あのでかい犬なー」
「後ろから近づいてきてガブッと噛むんだよ」
「こないだは危ないところだったよな」

 などと恐ろしいことを言っている。
 上水事業の3年次の現場は事務所から近い。徒歩でも40分くらいだろうか。現場は山の上にあるので、帰りは下っていくだけだと思ったら、道中にそんな危険トラップが待ち受けているとは……。

 東ティモールの犬は基本的に放し飼いだが、道を歩いている限り、吠えられはしても突然噛みついてきたりはしない(たぶん)。家の敷地内まで侵入したらどうなるかわからないが。

 そんなわけで、その日はペドロがついてきてくれた。途中に建設をあきらめて放り出したような家があって、そこから茶色い犬が我々のことをじいっと見ていた。たしかに大きな犬だった。目つきがどことなく陰湿である。

これが襲い掛かってくるという凶暴な犬、ではなく道にいた子犬。かわいさだけでできている。

これが襲い掛かってくるという凶暴な犬、ではなく道にいた子犬。かわいさだけでできている。

「あいつだ、マウン・ダイ」

 とペドロ。

「あいつは性格が悪い。こっちが2、3人でいるとびびって来ないんだけど、1人だと襲ってくるんだ」

 ペドロはここまで来れば安心という場所まで送ってくれて

「もし犬が追いかけてきたら、マウン・ダイのiPhoneを投げろ」

 とアドバイスをくれた。なぜiPhoneなのかは謎だったが、もちろん投げるのは嫌なので、かわりに小石を3個、手に握りしめて帰った。犬対策に小石を持って歩くなんて、ティモール人が聞いたら爆笑するだろうから、スタッフには内緒である。

「犬が襲ってきたらiPhoneを投げろ!」とアドバイスをしたペドロ。

「犬が襲ってきたらiPhoneを投げろ!」とアドバイスをしたペドロ。

 それから数日がたってまた現場から歩いて帰ろうと思い、犬のことを思い出した。それで

「ねえ、あの犬ってまだいるかな」

 とペドロに聞くと

「あの犬ならもういないよ」

 という。

「え、ほんと? どっか行っちゃったの?」
「あの犬は見境なく誰でも噛むから、集落の人たちが食べちゃったんだよ」
「食べた?」
「うん、俺もいっしょに食べたよ。甘かったなあ……」

 東ティモールでは、食用の犬が1匹30~50ドルで売買されている。現地の物価からするとかなり高額だ(鶏は1羽12~15ドル)。ティモール人は犬肉を「甘い」と表現するが、実際に食べた感想としては「え、これが甘いの?」という感じだった。硬くて独特の臭いがして、鶏肉の方がずっとおいしいと思う。

 とくに好んでは食べたくない犬肉だが、ここではスペシャルな時のご馳走なので、村人に囲まれて

「さあ、もっとたくさん食べて!」

 と勧められると断ることはむずかしい。

「私はポリシーとして犬は食べません」

 などと、とてもじゃないが言えない雰囲気なのだ。

資材の名前が分からなかったら絵を書いてもらうしかない。「おお、必要なのはバケツだったか!」

資材の名前が分からなかったら絵を書いてもらうしかない。「おお、必要なのはバケツだったか!」

 先日、近所の人から子犬をもらった。お母さん犬にせっせと残飯をあげていたら3匹生まれたうちの1匹を、飼い主がくれたのである。ティモール人にならって放し飼いにしていたが、僕を見るとすっ飛んでくる姿がかわいかった。

 子犬はしばらくのあいだ、元気いっぱい事務所の周りを走り回っていたが、スタッフたちがだんだん手を焼き始めたころ(それはつまり僕に白い眼が向けられ始めたころ)、病気にかかってあっけなく死んでしまった。

 その日は日曜日で事務所にだれもいなかったので、僕は1人で事務所の裏を掘って子犬を埋めた。翌日ドライバーのアグスに犬が死んだことを告げると、彼はこう言った。

「そうか、マウン・ダイの犬は死んじゃったか。それで埋めたのか? 食べたのか?」

ドライバーのアグス。一見武骨なルックスだが細やかな心遣いと運転をする。

ドライバーのアグス。一見武骨なルックスだが細やかな心遣いと運転をする。

 東ティモールでは犬は家族であり、家のセキュリティ要員であり、たまのご馳走でもある。時代も場所も異なるが、フェルナンドが叫ぶメキシコのアステカ文明も犬との関係は深く、犬は人間の最良の友であり、時には食料にもなったという。

 アステカの神話で象徴的な役割を担っていた犬は、死後も飼い主に仕えると信じられていたという。もし東ティモールでも同じなら、またあのふわふわした子犬が駆け寄ってこないかなあと待っているのだが、それはまだない。あの子犬はちょっと頭が悪そうだったから、今ごろ僕を探して走り回っているのかもしれない。

近所の人からもらった子犬。とにかくいつも走り回っていた。

近所の人からもらった子犬。とにかくいつも走り回っていた。

(マウベシ事務所 大島大)