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新型コロナウィルス スリランカの状況#2 外出禁止期間を振り返って

新型コロナウィルス スリランカの状況(6月24日)はこちら

スリランカでは7月末までに感染者数が2800名まで増えていますが、治療を受け回復済みの人も多く、死亡者数は6月末の11名から増えていません。6月中旬以降は海外へ出稼ぎに行っていた人たちが感染していることが多いなど、ほとんどの場合感染経路がわかっており、だんだんと人びとの生活が元通りに戻ってきています。パルシックが紅茶農家支援事業を実施しているスリランカ南部州のデニヤヤ現地オフィスでは、手洗いやハンドサニタイザー、マスクの使用をしっかりしていますが、デニヤヤタウンではマスクをしていない人もちらほらいるそうで、スタッフは「みんなリラックスしすぎなのでは?」と心配しています。

スリランカでは3月中旬から厳しい外出禁止令が敷かれ、デニヤヤでも1か月ほど不便な生活が続きました(コロンボなどの都市では2か月以上続いた地域もありました)。軍隊と警察が総動員され、厳しく禁止令を破る人を取り締まり、全国で6万人を超える人たちが逮捕されました。しかし、外出禁止だった時のことをデニヤヤの現地スタッフに振り返ってもらうと、もちろん不便ではあったけれどそんなに辛くはなかったと言います。50歳代の現地スタッフのサラットは1970年代から起こった人民解放戦線(JVP;共産主義・シンハラ民族主義政党)の武装蜂起による社会的混乱と外出禁止令のことをはっきりと覚えており、その時に比べると気は楽だったと教えてくれました。当時は長く続くと3か月も続けて外出禁止となることもあり、農業や漁業を含めたあらゆる経済活動が制限されました。さらにJVPとスリランカ政府の対立で混乱していた中、村人同士が疑心暗鬼になり「あの人はJVP(もしくはスリランカ政府)に敵対の意思があるようだ」と密告しあう魔女狩りのような状況で、その結果突然JVP(もしくは政府)に連れ去られたり、殺されたりという恐れが常にあったそうです。

一方、今回の新型コロナウィルスによる外出禁止期間中は、感染の不安はありつつも、自分たちが適切な対処をして感染拡大を防ぐというみんなで共通の目的を持っていたことから、精神的にはそんなに辛くなかったと言います。ちなみに食料はJVPの武装蜂起当時も今回の場合も、デニヤヤでは多くの人が自宅で野菜などを栽培していてそんなに困ることはなかったそうです。医薬品に関してはJVPの武装蜂起の当時は多くの家庭で伝統医療アーユルベーダの薬草などを自分たちで作って使っていたので、そんなに困らなかったそうです。しかし、現在は高血圧や糖尿病、ガンなどの治療には市販薬を使っており、入手が難しく困った人がいたそうです。2020年7月末現在は病院での診察が通常通りになり、薬の入手が普通にできるようになっています。

フィールドスタッフは、エクサ(有機紅茶栽培共同グループ)のメンバーの茶畑を視察に行く際もマスクをしています。

視察を受けるエクサのメンバーもマスクをして迎えます。