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東ティモール

シャナナ首相辞任の背景には・・・

2015年2月16日、シャナナ首相は野党フレテリンのルイ・マリア・デ・アラウジョ氏を後任に据え、自身は首相を辞任して開発計画投資大臣に就任、内閣を与野党混在で55閣僚から35閣僚に縮小するという大改造を実施しました。ルイ新首相は医師でマネージメント能力に長けているとの評判で、就任後さっそく予算の無駄遣いや公務員の評価制度見直しなど、巧みなメスさばきで省庁改革を進めています。

野党であるルイ首相の強気な改革は、反感や社会不安を招きかねません。しかし、それを防いでいるのは新首相への人びとの期待と信頼もさることながら、シャナナ氏が後ろ盾となっているからだという見方が強くあります。未だ民衆から強い信頼を集めるシャナナ氏は、なぜ突然首相の座から降りたのでしょうか。表向きは「次世代政治リーダーの育成」となっていますが、背景には2013年から抱える国内の治安問題があります。

2013年10月、元東ティモール民族解放軍(ファリンティル)幹部のマウク・モルック氏が亡命先のオランダから帰り「マウベレ革命評議会(Konselho Revolusaun Maubere:KRM)」を立ち上げ、出身地バウカウ県の元ゲリラ兵士たちを動員し、シャナナ政権を汚職の巣窟と批判し始めました。11月28日の独立宣言記念日にシャナナ氏は公共対話の機会を設置しましたが、マウク・モルック氏は対話の場に姿を現さず、政府および議会の解散、再選挙を要求する示威運動を組織すると発表しました。2014年3月、一般市民に軍服を着用させるなど違法行為により社会不安を煽っているとして警察に逮捕されますが、12月に証拠不十分で釈放。2015年1月にはKRMメンバーがバウカウ県で警察官を襲撃したことで、国防軍と警察がマウク・モルック氏検挙のための合同作戦を展開しています。

背景には独立前の抵抗闘争中、シャナナ氏がファリンティル司令官となった後、マウク・モルック氏を幹部から外したことへの個人的な怨恨があるといわれています。しかし過去の個人的な問題が独立後のいま脅威となり得るのは、マウク・モルック氏が批判している内容が、多くの人びと、とりわけ元ファリンティル兵として苦難を共にし、独立後、貧しさにあえいでいる人びとの共感を得るからです。

マウク・モルック氏はシャナナ氏が元インドネシア併合派だった人びとをも要職につけ、国会議員や閣僚たちへの生涯年金、人員交代のたびにあてがわれる高級車、目的や生産性の疑わしい外遊など、一部の特権階級を優遇していると批判しています。武装していることが明らかとなっているKRMに対しては、警戒して平静を保とうとしている市井の人びとも、この批判は妥当である、と感じています。ルイ首相の省庁改革とともに、KRMにどう対処するのか、人びとは静かに見守っています。

Dili International Airport

(東ティモール事務所 伊藤淳子)