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大坂さんの東ティモール派遣日記(3)

Bondia(おはようございます)!早いものでこちらに来て2か月をとうに過ぎてしまいました。こちらに来た当初は右も左も言葉も分からずに、戸惑いや焦りや不安を感じる事も正直ありましたが、少しずつお国事情も分かりだし、まだまだひよっこではありますが東ティモールの生活に徐々に慣れつつあります。とは言うものの目下テトゥン語(こちらの標準語)の猛勉強中ですし、特にまだ男性の話す言葉は全く聞き取れない状態です。いつになれば滑らかに会話が出来るようになるのやら…。焦らない焦らない、と自分に言い聞かせ慰めております。

さて、この2か月でこちらで気づいた事を少しお伝えしたいと思います。まずこちらは日本の戦前・戦後によく似ていると感じました。こちらは男性社会なのだそうです。日本では今、草食系男子・肉食系女子、がもてはやされている(?)なんて言いますよね。首都のDiliではあまり感じませんが、パルシックが活動しているMaubisseやその他の地方に行くと、お父さんが全ての権限を持っていて、威厳があり、お母さんはお父さんの後ろでそっと家族を見守る、みたいな構図。そして大勢の子ども達。10人兄弟なんて普通だって聞きます。私の祖母も7人兄弟だったと言いますから、まさに私の祖母の時代はこんな風だったのかな、なんて昔に思いを馳せてみたりします。また、悲しい事にDV(家庭内暴力)もとても多いと聞きます。ただ、日本と違うのは【歴史】です。こちらはポルトガルの植民地・日本軍占領・インドネシア統治と約450年に渡り自分たちの意見を言う事も、考える事さえも出来ませんでした。日本は戦後、目覚ましい復興と成長を成し遂げました(今はちょっぴり元気がないでしょうか?)。独立を勝ち取った東ティモールも本当にこれから、と言う気概が多いに感じられますが、それには課題もたくさんあるようです。長く支配され続けて来た為に政府も盤石ではないようですし、問題も山積のようです。また、びっくりするくらい多くの支援団体が東ティモールに入って活動しておりますが、助けられる事に慣れてしまいつつあるのを問題視する方も多くいらっしゃいます。

どこの国でも問題はたくさんあります。日本も深刻な問題が山積です。しかしどんな状況でも武器で脅かされて過ごす生活よりは良いのではないでしょうか?祖母が育った岩手県釜石市は昔から製鉄の町として大変栄えました。しかしその為大戦中攻撃を受け多くの死者を出しました。祖母も艦砲射撃の中逃げ回ったと言います。その中で妹を亡くしています。どんなに恐ろしかった事でしょう。こちらも同じです。私と同世代の方に話を伺ったところ、中学生の時にサンタクルス事件があり、男の子は全員軍に連行され、詰問され、その後独立運動の手伝いをし、何度も死と隣り合わせの恐ろしい体験をしたと言います。それを思うと独立を勝ち取った時はどんなに嬉しかっただろうと思うのです。祖母は今88歳ですが、人生で一番幸せだと言います。年金を頂き、健康に人一倍気を遣い、コミュニティ活動に積極的に参加してます。


(ある日の午後、ティモールの明るい将来を暗示するかのように虹が出ていました!)

ティモール人も今は色々課題山積ですが、おじいちゃん・おばあちゃんになった時に「色々あったけど、平和になって良かったな」と思えるようになれば本当の意味での独立→自立なんだろうな、と思います。

え、人様の老後の話をする前に自分の老後の心配をしろ?・・・確かに。ま、なるようになるしかないでしょう。お迎えが来るまで毎日精一杯生きるのみ、です。

(東ティモール事務所 大坂智美)