特定非営利活動法人 パルシック(PARCIC)

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皆さまのご支援をミャンマーの人びとへ

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2021年2月のミャンマー国軍によるクーデターから5年以上が経ちました。インド北東部ミゾラム州では、長く避難生活を続ける人びとに加え、現在も安全な場所を求めてミャンマーから逃れてくる人たちがいます。戦闘が長期化するなか、故郷を離れた暮らしも年単位に及び、先の見えない日々のなかで、それぞれが仕事や教育、医療などさまざまな課題に向き合いながら暮らしています。

パルシックはこの度、皆さまからのご寄付により、ミゾラム州で避難生活を送るミャンマーの人びとへお米53袋(1袋50kg、ひと家族の2か月分相当)を届けました。配布先には、難民キャンプで暮らす世帯に加え、キャンプの外で個別に住居を借りて生活する世帯も含まれます。

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一緒にお米を運んでくださった難民キャンプの人びと

配布先の一つである、ミゾラム州チャンパイ県のザイオン難民キャンプは、2026年2月に開設されました。他の難民キャンプの閉鎖に伴い移転してきた人びとなど約62世帯260人が暮らしています。小さな一部屋をカーテンなどで仕切って、炊事や就寝のスペースをつくった住居で、それぞれ生活しています。

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難民キャンプの様子

2022年にミャンマーのチン州テディム近郊から避難した女性は、夫と6人の子どもの8人家族です。クーデター前は農業を営んでいましたが、避難の際に持ち出せたのはわずかな衣類だけでした

「村では私たちの家を含め、9割ほどの家が焼かれました。キャンプでは、働くことが認められているのは1世帯につき2人までです。長男を含む2人が建設現場で働いていますが、8人家族の生活を支えるには十分な収入を得ることができません。精神的に不安定な家族もおり、この先の生活が心配です」と話してくれました。

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元農家の避難民の方が庭先で育てる野菜

別の世帯では、避難後に父親が喘息と胃の病気を患い、寝たきりの状態になっています。医療機関を受診したいものの、病院まで行くための交通費を工面できず、受診を諦めざるを得ない状況です。避難生活では、医療へのアクセスも大きな課題の一つです。

キャンプの外で暮らす避難民もいます。2024年にミャンマーのチン州トンザンから避難してきた女性は、避難後に夫を病気で亡くし、現在は親族宅で生活しています。故郷ではマンゴーやブドウなどを栽培していましたが、避難したのはちょうど収穫期でした。

「夫は避難後も故郷の畑のことを気にかけ続けていました。畑が今どうなっているのかわかりません。こんなことがなければ、家族で細々と農業をして暮していた。支援なんて一切必要としなかったのに」

支援でお米を届けた際には、涙を浮かべながら「ちょうどお米がなくなって困っていたので、本当に助かります」と話してくださいました。

長期化する避難生活のなかで、食料や医療、生計などへの支援を必要とする状況は続いています。

このたびの支援は、皆さまからのご寄付によって実施することができました。温かいご支援をお寄せくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。

(東京事務所)

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