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「独立記念日に集まろう!東ティモールの今とこれから」開催レポート

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5月20日、オンラインイベント「独立記念日に集まろう!東ティモールの今とこれから」を開催し、100名を超える方々と東ティモールの独立回復から24周年をお祝いする時間を共有しました。

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首都ディリで行われた記念式典会場の様子

オンラインイベントは、首都ディリで参加した記念式典の様子の紹介からスタート。街頭インタビュー動画を交えながら、独立当時から東ティモールで民際協力活動を続けてきた事務所代表の伊藤淳子がお話しました。

本記事では、歴史的背景や世代ごとの教育の違い、ASEAN加盟などについてイベントの内容を一部抜粋してご紹介します。

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東ティモールの旗を持つ子どもたち

東ティモールは2002年5月20日に独立回復を果たし、今年で24周年を迎えます。長らくポルトガルの植民地でしたが、1975年11月、ポルトガル本国でのカーネーション革命を契機に独立の機運が高まり、東ティモール独立革命戦線(フレテリン:FRETILIN)が11月28日に独立宣言をしました。しかし、わずか10日後に隣国インドネシアから軍事侵攻を受けることとなります。1999年の国民投票では8割の人がインドネシアの一部になることを拒否したのにも関わらず、インドネシアによる支配が続いたため、同年10月国連に暫定統治を任せる形で独立の一歩を歩み始めました。そこから2年ほどで憲法の制定など、一歩ずつ独立への道を進み続け、2002年5月20日に独立回復を果たしました。

2026年、独立回復から24年経過し、独立回復の瞬間を知らない若者が社会進出するほどの年月が経ちました。

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東ティモール社会では大きく分けて3つの世代がいます。1975年闘争世代、1999年闘争世代、そして独立後新世代です。これらの世代は教育面で異なる体験をしています。1975年の独立期世代の人びとはポルトガル植民地下で教育を受けました。教育を受けることのできた人はごく一部のエリートに限られ、教育はすべてポルトガル語で行われました。1999年の人びとはインドネシアによる同化政策を受けた世代です。各地に小学校、中学校が建てられ、教育はインドネシア語で行われました。新世代の子どもたちはポルトガル語で書かれた教科書を使って、テトゥン語で授業を受けています。教育への予算は限られており、教室、教員、教科書が不足しています。

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また、東ティモールは2025年10月にASEANに加盟しました。東ティモールは、ミャンマーで民主化を目指す国民統一政府(NUG)を正式な国家として認めている世界で唯一の国です。そのような国がASEANに加盟したことでASEANに新たな価値観をもたらすことが期待されています。

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東ティモール国立大学教育学部に通う学生達

「紛争や暴力がない、平和で自由な今の東ティモールが尊い」

街頭インタビューした25歳の若者がこう語ったことは世代を越えて語り継がれている今までの努力を物語っていると同時に、東ティモールの希望を感じさせるものでした。

(東京事務所ボランティア)

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