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[開催報告]<~知る・繋がる~ミャンマー連続講座> 第3回 ミャンマー:軍政と民族問題+少数民族地域の現状

  • 活動レポート

パルシック東京事務所です。1月7日に開催された「~知る・繋がる~ミャンマー連続講座」の第3回目は山形大学の今村真央先生をお迎えして『ミャンマー:軍政と民族問題』と題し、少数民族を通したミャンマーへの理解を深める会となりました。今村先生のお話と共に、少数民族地域の現状についてもまとめてみました。

Parcic YouTubeチャンネルでアーカイブも公開しています!ぜひ、ご覧ください。

パルシックでは、ミャンマーの国軍によるクーデターと統治に反対し、市民的不服従運動(CDM: Civil Disobedience Movement)という市民が職務を放棄することで国軍に抵抗する運動に参加したために職や収入を失った方を中心に、支援物資や生活支援金を届ける事業を開始しました。

中心と周縁:未完の国民形成

ミャンマーでは内戦が多いというのは皆さんも知っている事実ではないでしょうか。しかしながら、その背景については詳しく知らない方も多いのではないかと思います。今村先生は、その背景を「中心と周縁」「未完の国民(ネーション)形成」という言葉で明快に説明します。 ミャンマーは多民族国家であり、その多民族、多文化性は以下の地図からも分かります。この地図はミャンマー 国内で話されている言語分布図です。ご覧のようにミャンマー国内、特に周縁・国境地域に近づくにつれ多くの言語が話されていることが分かります。

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では次の地図は何を示しているか分かるでしょうか。

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こちらは、内戦による紛争が起こった地域を現しています。上記の通り、多様な言語が話されている地域と内戦が起こっている地域にはある程度の共通性が見て取れます。つまり内戦が多い地域=少数民族が多い地域であるということです。 このようにミャンマーは、中心部=ビルマ人を中心地とした社会と周縁=少数民族地域という大まかな理解が可能であり、それ故中心と周縁での紛争が絶えず起こり続けています。 スウェーデン・ウプサラ大学のデータによると過去30年間で、少なく見積もっても内戦による死者数は2万人を超えていると言います。

ここから今村先生は、「ミャンマーでは国民の一体性(ネーション)が形成されていない」と指摘します。そして下の図に示す様な「階層的な分断が深まっている」と説明します。

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このような背景から、少数民族地域では自治権を主張し、独自の自治形態を持っている地域もあります。ミャンマー北部のカチン族自治区では、独自に大学を運営していたり、会社もカチン族が運営していたりするなど周縁地域では、中心部とは違った独自の生活・自治形態があることが分かります。

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紛争の要因:鉱山を巡る紛争と国軍の不処罰文化

この様に中心と周縁では多くの違いを見出すことが出来ますが、それでは何故周縁の地域で紛争が絶えないのでしょうか。その主たる原因は周縁の地域に多くの天然資源が埋蔵されているためです。ミャンマーといえばヒスイが有名ですが、ヒスイ採掘地域を含む鉱山採掘地の多くで紛争が起きている事はあまり知られていない事実でないでしょうか。 ASIA Foundationによれば、鉱山採掘地の約半数が紛争地域に位置づけられているそうです。

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さらに今村先生は、国軍兵士への不処罰が少数民族の人びとの意識が反国軍になってしまう大きな要因の一つであると説明します。国軍兵士は言わば「法の上の存在」に位置づけられており、犯罪行為を行ったとしても不処罰になることが常である。ましてや少数民族地域での国軍兵士の犯罪となると数えられない数が行われ、それに伴う不処罰も横行していると言います。

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記憶の戦い

また、ミャンマーの市民はクーデター後に国軍に殺害された人びとの数だけでなく、その殺された状況を含め記録しようと努めています。他方で周縁の地域においては、こういった記録を残す行為は困難な事も多く、その状況を正確に把握するのは難しくなっています。 しかし今村先生はベトナム戦争を舞台にした詩を引用しながらこう話します。「現在のミャンマーでは『記憶』の戦いも進んでいる。私たちは記録だけでなく、ミャンマーの市民と何が起きているのかを覚え続けておく記憶の戦いを共にすべきである」。

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今村先生は、記憶の闘いを共にするためにも、積極的に在日ミャンマー人の方と交流する場に出かける、そしてミャンマーの現状に関心を寄せ続けることが重要であると話されます。そして「様々な魅力的なミャンマーの人びととの出会いがあることを願っています」と講演を締められました。

現在の少数民族地域

今村先生がお話しされた様に、少数民族地域では国軍と少数民族武装勢力との紛争が絶えず行われてきました。他方で民政移管後の2015年にミャンマー政府は、カレン民族同盟(KNU)を含む8つの少数民族武装組織と全国的停戦協定を結びました(2018年にはさらに2つの勢力も停戦合意)。そのため、紛争も比較的近年は抑えられていた傾向にありましたが、クーデター後にこの状況は一変します。

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停戦協定調印式。出典:Radio Free Asia 2015年10月15日

複数の少数民族武装勢力がクーデターにより、停戦合意は無効になったと宣言したのです。例えば、KNUは2021年9月に停戦合意無効の声明を出すと共に、民主派勢力が設立した国民統一政府(NUG)の支持を表明しました。この様に、NUG並びに国軍に対抗するためにNUGが設立した国民防衛隊(PDF)を支持する少数民族武装勢力が複数あり、言わば国軍対民主派勢力+少数民族武装勢力という図式も垣間見えます。

これは簡略化した図式に見えますが、実際に北部のカチン独立軍(KIA)、タイ国境沿いのカレン民族解放軍(KNLA)とカレンニー国民防衛隊(KNDF)などは、PDFに参加した民主派の若者を受け入れ、軍事訓練の場を提供していると報告されています。都市部で市民的不服従運動(CDM)に参加して平和的な抵抗運動を続けていた市民も、1500人以上が殺されるという国軍の武力を用いた締め付けに、これら地域に逃れている人が多いと報告されています。 

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出典:朝日新聞 2021年5月1日 ミャンマー武装勢力に結集の動き

それ故、国軍によるこれら地域に対する攻撃が激化します。停戦協定を破棄した事に加え、国軍は民主派勢力をかくまっているとして、少数民族の地域に空爆を含む熾烈な攻撃を仕掛け続けています。2021年12月には、KNUの支配地域である東部カイン州レイケイコー村を襲撃。同村では、復興ために日本の政府と民間団体が協力して住宅や学校、医療施設を建設していたが、それら施設も大きな被害を受け、住民2万5千人が避難を余儀なくされたと報道されています。また、下の写真は10月下旬に同じく国軍の攻撃を受けたミャンマー北西部チン州の住宅です。

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出典:東京新聞 2021年12月9日 子どもも…「生きたまま焼き殺された」

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出典:UNHCR Myanmar UNHCR displacement overview 07 Feb 2022

またUNHCRは、クーデター以降にタイやインドといった国外に逃れた難民数も2万2千人との推定を出しており、少数民族の地域から国外へも逃れる市民も急激に増加しています。

クーデター当初は、ヤンゴンでの武力を用いてデモの封じ込めを行っていた国軍による攻撃範囲は、現在は今村先生のあげた周縁の地域にまで広がっており、その地域に居を構える少数民族武装勢力との戦闘も激化しています。その結果、ミャンマー国内の情勢は悪化の一途を辿っていると言っても過言ではないでしょう。

この様に現在の情勢を見極めるためには、少数民族地域や少数民族武装勢力への理解、それら地域や勢力と民主派勢力との関係性への理解が欠かせません。今回の今村先生の講座を通して、ミャンマーへの理解がより深まることを願っています。

(パルシック東京事務所)

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