特定非営利活動法人 パルシック(PARCIC)

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新型コロナウイルス パレスチナの状況

  • コラム

東アジアでの新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)の流行が、パレスチナ・イスラエルでも大々的に取り上げられるようになったのは2020年1月末から2月初頭にかけてでした。イスラエルは、国内での感染が確認される前から、海外からの渡航者・帰国者に対し早々に厳格な入国規制を導入し、東アジア各国からの渡航者の入国制限や、一部地域からの帰国者の自宅検疫を開始しました。日本や韓国も早い段階で入国制限対象国に含まれることになり、パレスチナやイスラエルに在住する外国人の間では、一旦出国すると当地に戻ってこられないのではないかという不安から、帰国予定を見送る対応が相次いでいました。ちょうどその頃から、パレスチナ、イスラエルのどちらの地域でもCOVID-19への関心の高まりに伴い、一部の人びとが在住の外国人、特にアジア系の外見を持つ人びとを忌避したり、揶揄したりする傾向が見られるようになりました。

そんな最中の2月21日、イスラエルで最初の感染が確認されました。日本で一大ニュースとなった、ダイアモンド・プリンセス号からの帰国者でした。その後、イスラエルでの感染増加は3月25日にピークに達し、5月半ばにかけて一時減少しましたが、同月下旬からは再び増加し始め、6月29日現在、総感染者数23,989人(うち死者319人、回復者17,114人)、連日400~1,000人前後の新規感染が相次いでいます。これは、イスラエルが、アジア・ヨーロッパ経由の航空便を制限する一方で、爆発的感染拡大が起こっているアメリカからの航空便をいまだに停止していないためとの見方もあります[1]

3月5日、イスラエルでの感染確認から遅れることほぼ2週間、パレスチナでも、ベツレヘムを訪れた外国人観光客からホテル従業員への感染が確認され、その後COVID-19はじわりとヨルダン川西岸地区全域へ波及しました。感染者数が17名まで増えた時点で、まずベツレヘム県がロックダウンとなり、その後、3月24日より西岸地区全体で2週間のロックダウンと住民の自宅謹慎が始まりました。感染が収束しないと判断したパレスチナ自治政府はその後、ロックダウンを6月7日まで延長すると発表。5月末でいったん感染の収束が確認されたため、ロックダウンは解除されましたが、延べ2か月以上にわたる外出禁止令が実施されました。

パレスチナでは、日本の「外出自粛要請」とは異なり、イスラエルやヨーロッパ各国同様、厳しい外出規制を採用しました。レストランや商店、教育機関は完全閉鎖。食糧品・医療品の購入と通院などの緊急の用事を除いた外出も、一部の人びとを除いては禁止となり[2] 、違反者は警察による取り締まり(罰金)の対象になりました。都市間を移動するタクシーやバスも動いておらず、モスクや教会でのお祈りも禁止となりました。当初から、特に西岸地区の人びとの反応は極めて冷静だったように思います。世界各地で報道されたようなあからさまな買い占めや、目立った値段のつり上げなどは行われず、食料品や衛生用品、トイレットペーパーなども売り切れが続出することはありませんでした。皮肉ですが、20代後半-30代以上の世代は、第二次インティファーダの経験などから外出禁止令慣れしており、慣れないロックダウンに慌てふためく日本人駐在員にも、「当面必要な物だけ買っておけば、食料品店などはすぐに再開するので心配しなくていい。冷静に対処するように」とアドバイスしてくれる人もいました。

イスラエルの軍事占領下にあるパレスチナ自治区において、西岸地区の都市・村々間の移動、エルサレムやイスラエル内への移動、国境の出入りを管理しているのはパレスチナ自治政府だけではありません。後者二つに関しては、むしろ、イスラエル警察や軍の裁量が圧倒的に大きくなっています。西岸地区への出入域を管理しているのはイスラエルとヨルダンです。ヨルダン-西岸地区間の出入りが可能なのはジェリコ県にあるアレンビー検問所(ヨルダン側の名称:キング・フセイン検問所)のみですが、3月より閉鎖状態となり、現在まで再開のめどはたっていません。西岸からエルサレム・イスラエルへの出入域を管理する各検問所も通行禁止となり、西岸地区のパレスチナ人及び西岸在住の外国人は文字通り、西岸地区に閉じ込められることになりました[3] 。ただし、イスラエル・エルサレムと西岸地区間の移動制限措置には例外がありました。西岸地区内のイスラエル違法入植地に住むイスラエル市民(入植者)に移動制限が課されなかったことです。この時期、比較的感染者数の増加が少なかったパレスチナとは対照的に、イスラエルやエルサレムでは急激な感染拡大が見られていたため、この移動制限の例外について国際機関は早くから懸念を表明していました。

また、この移動制限により、いくつか大きな問題が顕在化することになりました。それは、一部の重要セクターを例外として、西岸地区からイスラエル領内、エルサレム、イスラエルの違法入植地などへ出稼ぎに行っている約14万人のパレスチナ労働者たちが、職場への通勤を禁止され、収入減を失ったことです。また、特にユダヤの過ぎ越し祭りの祝日ペサハや、イスラームの祝日でラマダン(断食月)終了を祝うイード・アルフィトルの前後で、イスラエルに滞在していたパレスチナ人労働者が西岸地区に帰宅した際、適切な検査体制がなく、結果、感染者の増加を招きました。イスラエルから西岸地区への労働者の帰宅は続いており、検査体制を整えなければ、依然として感染の爆発的拡大を招く原因になるのではないかと懸念されています。ロックダウン中、失業状態となって経済的に困窮し、イスラエル領内や入植地の日雇い労働にありつくため、こっそり境界を越えているパレスチナ人労働者も出ており、状況の適切なコントロールを難しくしています。

さらに、聖都エルサレム問題がここでもまた頭をもたげ始めます。3つの宗教の聖地を内包する聖都エルサレムの帰属は、長年イスラエル-パレスチナ紛争の重要な争点の一つとなっています。現在エルサレムは、イスラエルの実効支配下にありますが、東エルサレムにはパレスチナ系住民が多数居住しています。そんな中、イスラエル政府が行うべきCOVID-19対策やPCR検査などの措置が東エルサレムでは適切に提供されておらず、実際の感染者数データもない中、感染が拡大していることも問題となっています[4]

ロックダウンの間、話題には上りにくくなったものの、エルサレムや西岸地区のCエリアなどでイスラエル軍によるパレスチナ人の住居の取り壊しや逮捕も継続していました。外出禁止令や移動規制がパレスチナ、イスラエル両地域で実施されていた3月-5月にかけて、入植者によるパレスチナ市民への暴力も増加し、UNOCHAも警告を発しています[5] 。トランプ米大統領が、1月28日発表した「世紀のディール」に従う形で、5月17日ネタニヤフ首相が7月1日より西岸地区の約30%をイスラエル領として併合すると発表すると、緊張はさらに高まりました。パルシックの知り合いの業者でも、入植者がロックダウンで人の出入りがない仕事場に夜間強盗に入り、防犯カメラの映像とともに被害を届け出たものの、「防犯体制をきちんと整えていなかったのでは」と取り合ってもらえず、犯人は捕まっていないと話してくれました。

一方、ガザ地区では、同じく3月末頃より外出規制が導入されましたが、西岸地区と比べると、より緩やかな規制となっていました。ガザ地区における外出規制は、実態としては日本の外出自粛要請に近く、結婚式や学校・市場の閉鎖や集会禁止は導入されましたが、商店や工場などは表向き閉店していても、規模を縮小して一部操業状態となっているものも多くありました。この間パルシックのガザ事務所では、予定していた研修の一部をオンラインに切り替え、勤務は基本リモートワーク、緊急の際のみ感染予防措置を取った上でフィールド訪問を行うという体制を導入していました。

海外から帰国したガザ地区の住民2名から最初の感染が確認されたのも3月22日と他の地域より遅く、その後の感染者数増加も極めて少ないまま推移していました。感染抑制のため、ガザ地区に二つだけしかない出入り口であるエレツ検問所(イスラエル-ガザ間)とラファ検問所(エジプト-ガザ間)は閉鎖されました。このため、ラファ検問所から出域中であったガザ住民約1,500名が長期間エジプトに足止めされることになりました[6] 。5月21日、イードに伴いラファ検問所からガザ地区在住者の入域が許されましたが、戻ってきた35名の中に新たな感染が確認され、感染者数が一時72名まで跳ね上がりました。しかし、その後再び検問所の出入りが制限されたことで、うち57名がすでに回復し、6月30日時点のガザ地区の感染者数は14名となっています。

2007年以降10年以上にわたってイスラエルとエジプトによる軍事封鎖下におかれ、元々人とモノの移動を厳しく制限されていたガザ地区では、当初COVID-19を楽観視する見方もありました。「天井のない監獄」とも称されるガザ地区に暮らす人々の実感としては、世界中で導入されたロックダウンよりもはるかに厳しい軍事封鎖を、10年以上も日常として生き抜いてきた中でのことであり、皮肉にも封鎖が感染経路の限定と拡大抑止につながっているという逆説的な状況でした。世界中で、ロックダウンの精神的苦痛や経済的負担が報道される中、「世界のみなさん、ロックダウンはいかがですか?ガザより」「世界のみなさん、ずっと変わらないわたしたちの日常へようこそ」「世界のみなさん、お気持ちはとてもよくわかります。私たちはその状態をもう何年も続けていますから」などのメッセージもツイートされ、話題となりました[7]

しかしながら、ガザ地区での最初の感染確認以降、楽観視する見方は鳴りを潜めました。ガザ地区は180万人の人びとが、365km2(福島市よりやや大きい程度)[8] ほどの面積の土地で暮らしている、世界でも類を見ないほどの人口過密地帯であり、またCOVID-19感染確認前から貧困率は57%に達していました。失業率も42.7%と高く、また地域内へ入ってくる医薬品・医療物資の流通も制限されているため、万が一コミュニティ感染や爆発的な感染拡大になった場合、対応できるだけの医療施設のキャパシティがないことは明らかでした[9] 。そのため、当初からWHOのリスクアセスメントでは「非常にリスクが高い」として警告されてきています。

貧困層の多いガザ地区では、普段から多くの世帯が、スーパーでの食糧や日用品の買い物も「つけ買い」にして、3か月に1度、社会福祉省から生活保護資金が入金されてからつけを精算するということを慣習的に行っています[10] 。しかし、外出規制導入後、経営が苦しくなってきたスーパーなどで、つけ払いの拒否も起こり、食料品や生活必需品が調達できず困窮する世帯も出て、UNRWAをはじめとする国際機関が緊急対応に追われました。

パルシックが、女性グループによる畜産・酪農を通した生計支援事業を実施している南部ラファ県では、地域内にラファ検問所があるため、対象女性たちの中に外出や他世帯への訪問を恐れ、羊の世話のシフトに出たがらない人たちもいました。そのため一部のグループのリーダーが羊の世話をするシフト調整に苦慮することになりました。

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ワクチン接種の様子。獣医さんもスタッフも防護服に身を包んで。

5月末、パレスチナでは移動規制が解除され、飲食店も営業を再開、モスクも開放されました。人びとの外出が一気に増え、解放ムードとなったのもつかの間、イードの祝日が明けた後、規制解除のバックラッシュとも思える爆発的感染が南部の大都市ヘブロンで始まり、各都市でもまたじわじわと感染者数が増加しています。都市間の移動は再び制限され、ヘブロンはロックダウン、ベツレヘムやナブルスなど感染者の増加が確認された他の都市でも、随時短期間の外出規制が導入されています。自治政府はマスクや手袋の着用を義務付けていますが、一度緩んだ人びとの危機意識はなかなか元に戻らないのか、着用率はそこまで高くありません。マスクをしていても、顎にずらしていたり、口だけしか覆わず鼻がでているなど誤用も目立ちます。

6月30日現在、パレスチナ自治区の感染者数は累計で2,628名(うち死者8名、回復者625名)となっており、現在の感染者数2,065名中、1,589名がヘブロン県の感染者です。難民キャンプなど人口過密状態のエリアでの感染も確認されており、状況は予断を許しません。

[1] イスラエルは、全てのユダヤ人(ユダヤ教徒ないし母親がユダヤ人である者)はイスラエル市民権を取得してイスラエルへ移住できる権利を持つとする「帰還法」を定めており、ロックダウン期間中も、アメリカからイスラエル移住を望むユダヤ系移民の受け入れを継続している。
https://www.haaretz.com/israel-news/.premium-how-a-u-s-woman-with-coronavirus-was-allowed-to-board-an-aliyah-flight-to-israel-1.8913158
[2] ライフラインや薬局・病院など重要なサービス提供に従事する人々、食糧生産を行う農家や物流に携わる貿易業の人など、一部の人々は事前に移動許可を得て活動可能。銀行・金融関係・政府関係などでは、出勤人数を減らした最小限のオペレーションを継続。
[3] 西岸地区在住の外国人については、のちにイスラエル国防相下の関係機関から事前の許可を取得し、空港へ直通の移動手段で行く場合、出国については認められることになりました。ただし入国制限は6月30日現在も継続しています。
[4] 東エルサレムは分離壁の内側にあるため、パレスチナ自治政府は物理的にアクセスできない。東エルサレムでは適切な防疫サービスが受けられない、自宅検疫中の保障がないなどの事態に、コミュニティが自助で大部分を対応せざるをなくなっている。
http://www.radionisaa.ps/en/article/683/Policy-Brief—Call-to-protection-and-response-to-COVID-19-in-East-Jerusalem
https://www.al-monitor.com/pulse/originals/2020/04/palestinians-east-jerusalem-coronavirus-israel.html
[5]2019年の被害が身体的暴力・財産への損害合わせて28件報告されているのに対し、2020年3月だけで38件、4月41件、5月28件となっている。
https://www.ochaopt.org/content/unprotected-settler-attacks-against-palestinians-rise-amidst-outbreak-covid-19
[6] 出域はゼロ、ガザ住民の期間に関してはかなり限定的な人数で少しずつ実施。ガザ地区ではラファ検問所の近くに検疫施設を設置し、エジプトからの帰還者は自動的にそこで21日間の検疫に入る。
[7] もちろん、ガザ地区の軍事封鎖は、市民の健康を守るために最低限の移動を規制するロックダウンとは著しく性格が異なる。電気やライフラインですら制限される非人道的な軍事封鎖を、単純比較すべきでないという指摘もなされている。
https://www.telesurenglish.net/news/Dear-World-How-Is-the-Lockdown-Gaza-Takes-To-Twitter-20200318-0019.html
https://mondoweiss.net/2020/04/dear-world-how-is-the-lockdown-ask-kashmir-and-gaza-through-memes/
https://www.reuters.com/video/watch/idPsx6?now=true
[8] 【図解】もしもガザ地区がとうきょうにあったら?
[9] https://www.haaretz.com/opinion/.premium-coronavirus-in-gaza-the-blockade-will-kill-palestinians-1.8744273
[10]ただし、昨今の社会福祉省の資金難により、生活保護の入金が遅れることはままある。

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