PARCIC

代表理事からのご挨拶

代表理事 井上禮子

2017年の1月にレバノンのシリア難民キャンプを訪れたときのことです。前年12月にアレッポが政府軍に包囲された時に、そこから脱出してきたという毅然とした女性に会いました。2人の子連れで、パルシックが配布した毛布のおかげでテントの中で寒い夜も眠ることができたと感謝を伝えてくれたのですが、何が一番必要かという私の質問に彼女は「仕事をしたい」と答えました。そう、パルシックは命や暮らしを脅かされている人たちを守るために活動しますが、その暮らしは「尊厳ある暮らし」でなければならないのです。そのためにパルシックは、何よりも彼、彼女たちが自分たちの足で立つことを支えたいと願っています。

東日本大震災で夫を亡くされた石巻市北上町の佐藤尚美さんは、子どもを3人抱えてお忙しいにも関わらず復興応援隊に参加してくださり、今や地域の復興の中心となっています。彼女が言った「支援されるより、支援する方が良い」という言葉は忘れられません。彼女はその言葉を信越大地震で被災した山古志で復興のために食材を売っているおばちゃんから聞いたそうです。このことをパルシックの活動の中で忘れないようにしていきたいと思います。

私自身はPARC(アジア太平洋資料センター)で20年以上にわたって主にアドボカシーや調査研究に携わってきて、1999年に東ティモールでインドネシア軍による暴行で多くの命が失われたときに日本の他のNGOとともに何とかしようと立ち上がったのが民際協力事業を始める出発点でした。そして2008年にパルシックとして独り立ちしてからまだ10年にも至らず、民際協力分野ではまだほんの駆け出しですので、多くの皆さまのご協力を必要としています。出会ったお一人お一人との関係を大切にしながら「支援する」「支援される」という関係ではなく互いに支え合う関係を広く築いていきたいと考えています。

代表理事 井上禮子

代表理事 穂坂光彦

スリランカ女性組合の創設アドバイザー ナンダシリ・ガマゲ氏と

あっという間に新型コロナウィルスが世界を席巻して、地球上の誰もが挨拶がわりにCOVID-19を口にし、脅えながらも新たな生活の工夫をする時代になりました。しかもその影響は均一ではなく、むしろ世界の不平等をあぶりだし、難民、不安定就労の人びと、孤立した世帯など、感染の恐れにとどまらずに生計の途や居住の場を失い、飢餓状態にまで至る大勢の人びとを生み出しています。

パルシックが働く各地の現場でのCOVID-19状況は、このホームページ上でも緊張感をもって適宜報告されています。とりあえず今できることをする、という緊急対応を迫られるとともに、オンラインを利用しながら新しい工夫も模索されています。発足以来のパルシックの活動は、紛争や貧困の現場での単発プロジェクトに終わらず、地域を越える持続的な交易関係に結びつけることに特色があります。他方、そのフェアトレードは、たんなる物流関係にとどまらず、生産者の社会環境の修復を直接支援するところに独自性があると思います。

私たちは今の危機の中から、次の時代への人と人の関係を再生できるはずです。アジアのスラムコミュニティにも、ニューヨーク市民の間にも、相互扶助的なグループや行動が急速に広がっているそうです。これらは、いっときの「災害ユートピア」で終わるのか、それとも共感と連帯にもとづく持続的な社会経済関係につながるのか。それはいま私たちが何を見てどう行動するかにもよります。箕面市の北芝地区は、人権に基づくユニークなまちづくりで知られていますが、市社協と組んで、コロナ禍で食に困窮する世帯への配食サービスを市全域ではじめました。さらに街の総菜屋さん、お弁当屋さんに参加してもらい、弁当は引きこもりがちな若者が孤立高齢者に届けることで、危機対応に限らず、今後の日常的な見守りと自然な支え合いの関係を街につくろうとしています。

永続的な発展(sustainable development)をめざすSDGsのスローガンは「誰ひとり取り残さない」ですが、それは単に、不利な立場の人びとを既存のシステムに拾い上げるセイフティネット施策だけを意味するのではなく、今の世界を変えていく(transforming our world)、という主張であることを思い起こしましょう。

代表理事 穂坂光彦