PARCIC

居場所づくり

あえて「居場所」をつくる必要性

わたくしごとですが、6年の東ティモールから帰国して、早いもので1年半が経ちました。ある程度覚悟をして帰国したのですが、「あの」東ティモールから日本の生活に慣れるのに、やはり相当のリハビリテーションが必要でした。実は今も途上で、特に東京の駅や電車の中では人によくぶつかり、謝っても時々は無視され、ぶつかられても何も言われず、心に冷たい北風が通り抜けることがあります。皆さん、本当に忙しくて「心を亡くして」いるのかも知れませんね。かつて同様に、東ティモールに長期滞在して日本に帰国した友人も口をそろえて言います。「日本の生活に慣れるのに3年は掛かるよ。まだまだ!」

もし、忙しくて本当に「心を亡くして」いるのだとしたら、そもそもそれは、私たちが心から求めていた状態なのでしょうか。

しかしながら現実問題、仕事をしなければならない。結果を出さなければ。やらなきゃいけないことが多い。疲れが取れない。――ですよね。給料をもらうおおかたの人はそうですよね。私も同じです。

でも。。このままでいいのかな。。私たち大人のこの忙しさのしわ寄せが、もしかして間接的にでも子どもに行っているのではないかな。。とふと気になり出したのが、確か東ティモールから帰国する数年ほど前でした。当時、1年に一度帰国していたのですが、その際、東ティモールの子どもと日本の子どもの様子が余りにも対照的で衝撃的だったのです。東ティモールの子どもは鼻を垂らしながらいたずらをする、いわゆる昔風の「子どもらしい」子どもたち。対して日本の子どもは、私が見た限り、おとなしく電車に乗っている「いい子」。もうちょっと粗相があってもいいような。。でも迷惑を掛けたりしてはいけないって分かっているんだろうな、ということが見て取れたのです。

そうこうしているうちに、「子どもの貧困」が話題となりました。「まさか、東ティモールじゃあるまいし」-その時、青白い顔で電車の中でおとなしくしている子どものことを思い出しました。何だか分からない寂しさを感じました。

日本でも経済的に困っている方がいるのは分かりますが、もうひとつ、実は孤立によってどうすることもできずに困っている人もいるのではないか。その問題に対して何かできないか――「場」をつくることで「ひと」が集まり、繋がりを持つことで課題を抱える人に対して何かできないか。。

今、私たちは都内で「居場所」をつくるため物件を探し始めています。

気軽に立ち寄れて、おいしい東ティモールコーヒーを飲んで単にくつろげる、更に子ども食堂や学習支援、高齢者の生きがいクラス、などを考えています。

でも物件探しは困難を極めています。まず高い!収支はどうなるのか。持続性はあるのか。そもそも、人が集まるのか。心配なことが満載です。このパルシック初の東京居場所づくり事業、まったく先が見えずどうなることやらなのですが、紆余曲折が期待される展開に、乞うご期待ください!

亀有駅ホームからの、町並みを眺める

(大坂 智美)