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新型コロナウィルス マレーシアの状況

マレーシアでは、新型コロナウィルス感染拡大と「政変」がほぼ同時に起きました。

2月23日の「シェラトン・ムーブ」と呼ばれる政変によって、マハティール首相はその座を追われ、2年半で、はかなくも希望連盟(PAKATAN HARAPAN)は崩壊。与党議員の一部と前政権の最大政党UMNO(統一マレー国民組織)との連携が模索され、3月1日、ムヒャディン首相が誕生。そして、ムヒャディン首相が、3月16日、全国的な活動制限令(Movement Control Order:MCO)を発出しました。

クーデターで政権を奪取した国民同盟(PERIKATAN NASIONAL)が、この困難をどう乗り切るのかが注目されましたが、結果的には、アジアの優等生として称賛される対応を見せました。いつも日本を見習い、双生児のようなマレーシアも、今回は日本をお手本にはしていません。6月30日現在、陽性者は8637人、死者121人。6月30日の新規感染者は3名と一桁台になっています。また、全国的な活動制限令は、5月12日に終了し、そこから移動規制などの部分解除が始まり、すべての規制解除に順調に向かっているといえます。

この状況を支えたのは、ヌール・ヒサム保健相です。マレー人医師であり、前政権からの留任で、毎日の記者会見と自らも診療を行うという姿勢が国民の信頼を得ているようです。また、‘Malaysiakini(マレーシアキニ)’のようなインターネット新聞が正確かつ迅速な情報を提供していることもパニックにならない大きな要因ですが、こうした政府の情報へのアクセスが容易になったのは、政権交代があったからこそでしょう。

マレーシアでの感染は、宗教的な集まりと、シンガポールと同様に外国人労働者の劣悪な生活環境から主に拡大しました。そのため、クアラルンプール周辺地域、サラワク州、シンガポールと国境を接するジョホール州で患者数が多くなっています。クアラルンプールでは大きなムスリムの集まりが、サラワクではキリスト教の集まりが要因となりました。また、移民労働者(特にロヒンギャ難民)が暮らす居住地全体を有刺鉄線で囲むようなロックダウンが行われ、これにより就労許可をもたない労働者を狭く不衛生な収容施設に集めることになり、そこがクラスター化しました。それでも、収容施設ではPCR検査を全員に行い、感染爆発には至っていません。

SNS上では、‘Stay Home’をしながら、自分の心の中の「民族問題」ともう一度、向き合うという投稿が多くなりました。米国でのBLM運動(Black Lives Matter)は大きな影響を与えています。感染症の拡大当初は中国人が警戒されましたが、すぐにマジョリティであるイスラム教徒に感染が広がり、その後、移住労働者へと関心が移ろう中で、BLM運動が起き、どこかに「犯人」(ヘイトの対象)を求めることへの疑問が広がっています。

さて、パルシックの活動地があるペナン州はどうなっているのでしょうか。感染者はジョージタウン、そして、PIFWAのある半島側でも少なく、感染拡大への恐怖や不安はほとんど感じられません。もちろん、人が集まっての行事はできず、現地での植林などはすべて中止となり、これからの予定もまったく白紙となっています。そのような中、PIFWAは教育センターの補修、改善に努めています。また、6月はマングローブの種付けの時期で、メンバーは3000本の苗木の準備をしました。一番の変化は、ラマダン明けの「ハリラヤ」。たくさんのご馳走を準備して、家族が集まって、親戚や友人の家を訪ねて歩くのですが、今年はそれができなかったのがとても寂しいとスタッフのスーさんは、言っていました。

教育センターの木道(補修前)

教育センターの木道(補修後)

ジョージタウンは、とにかく静かだそうです。経済的にも大きな打撃を受けているのは間違いなく、私たちが宿泊したホテルもいくつか閉鎖されているようです。民際教育事業でのフィールドワークの英語講師を務めるギャレス先生が経営する書店やカフェは、一時閉鎖したものの、現在はスタッフが時短・減給に合意し、お店を再開しています。ペナンでのパルシックの事業のコーディネイターを務めるリンデンの音楽学校の一階にあるカフェも、新しいメニューでリニューアルオープン。ペナンの人たちは、さすが、どんな状況でも「食」への追及をやめることなく、前向きです。

マレーシアのプロジェクトは、生活や考えを共有してともに生きていくことが目的です。新型コロナのような感染症とも一緒に生活するためのこれからのコミュニケーションの方法を探しながら、次を考えていきたいと思います。マレーシア政治は、迷走し続けていますが、もちろんそれも社会の一部と注目していきます。