人と人が信頼に基づき助け合い・支え合う世界を目指す民際協力とフェアトレードのNGO

PARCIC

フェアトレードショップ「パルマルシェ」

東ティモール

東ティモール

東ティモールは16世紀にポルトガル植民地になり、その後、当時、覇権を争っていたオランダとポルトガルで小さな島が分割され、西側はオランダ領、東側はポルトガル領となりました。ここから東ティモールに人びとにとっての悲劇が始まっています。

西側は第二次大戦後、インドネシアの一部として独立を果たしましたが、東側はポルトガル領のままにされ、1975年に独立を果たそうとした時にインドネシア軍による侵攻を受けました。1999年にようやく国連監視の下での住民投票が実現し、住民たちは、独立を選んだ結果、インドネシア軍と民兵による暴行にさらされました。人口の3分の1が難民という状況でした。パルシック(当時は分割前のアジア太平洋資料センターでしたが)は、他の日本のNGO数団体ととともに、傷ついた住民たちのための医薬品などを届ける緊急救援に駆けつけました。2002年、国連統治時代を経て、東ティモール民主共和国として正式に独立を果たしましたが、何もない状態からの国づくりは多くの困難に直面していました。そこで当時、唯一の輸出品であり、もっとも貧しい山間部の農民の生活を支えているコーヒー生産の支援を行うことにしました。それから10年余にわたって、東ティモールのアイナロ県マウベシ郡という山の中で農民たちの生活改善を応援しながら、美味しいコーヒーをフェアトレード商品として日本に届けてきました。

2013年、独立後10年を経た東ティモールで、マウベシ郡だけではなく全国の農村で貧しい生活を支えている女性たちの生業を応援しようと「山間部農村の女性の経済活動支援」を開始しています。同時にマウベシ郡でも、コーヒーだけに依存しなくて済むような循環型農業の構築、東ティモールにいるアジアミツバチの養蜂などの活動を行っています。

国としての東ティモールの歴史は僅か10年余、そこでの最大の課題は人材育成です。新しい東ティモールを担う若い男女が育っていくことを、パルシックは時間をかけて応援していこうと思います。

東ティモールでの活動

プロジェクト

過去に実施したプロジェクト

コーヒー生産者の声

パルシックは、アイナロ県マウベシ郡のコーヒー生産者とともに活動をしております。カフェ・ティモールは、マウベシ郡のコーヒー生産者協同組合(COCAMAU=コカマウ)のメンバーたちが、自分たちの畑からコーヒーの実を摘み取り、加工したものです。生産者一人ひとりの想いを伝えるために、パルシック東ティモール駐在員の伊藤淳子がインタビューしました。

コーヒ生産者の声

スタッフ紹介

東ティモールで活動しているパルシックスタッフをご紹介します。

スタッフ紹介

東ティモールをもっと知る

東ティモール民主共和国について

東ティモール民主共和国(The Democratic Republic of Timor-Leste)の概要と略歴、コーヒー産業について