PARCIC

スタディーツアー

東ティモールツアー2011を終えて


美しい花で飾ったゲートをくぐる前には
フラワーシャワー

ハヒタリ楽団

収穫したコーヒーの選別作業

今年もパルシックツアー参加者がマウベシのコーヒー生産者を訪ね、一緒にコーヒーの収穫や加工作業を体験しました。目玉はコーヒー生産者宅に泊まらせていただく「民泊」。二晩お世話になり、恒例のおもてなし「朝までダンスパーティ」にもお付き合いし(午前0時でギブアップ)、泊めていただいたお宅の赤ちゃんの夜泣き、四六時中鳴くにわとりにも付き合い、ただ東ティモールへ旅行に訪れるだけでは味わうことのできない、ディープな東ティモールを堪能しました。

毎年受け入れてくれる生産者グループにとっても、日本からお客さんが泊りがけでやってきてくれるのは大変に嬉しいようです。今年訪ねたハヒタリ集落では、発電機や音響設備を近所から借りてきて、コーヒー豆の乾燥場にビニールシートでテントを張り、美しい花で飾ったゲート、バイオリンとギターの楽団、切り出してきたコーヒーの木の下に茣蓙を敷き、おばさま方がシリーの葉とビンロウジの実、刻みタバコを用意して客人をもてなしてくれました。普段接する生産者たちとは何だか違って見えます。

生産者のみなさんに少しでも楽しんでもらおうと、わたしたちも数本の映像とプロジェクターを用意して行きました。普段電気のない村で上映会は村人たちにとって大きな娯楽です。寒い夜空の下、身を寄せ合ってじーっと食い入るように観ています。今年は2009年にオーストラリアで制作された『バリボ』という映画と、2005年にNHK-BS『地球街角アングル』でマウベシのコーヒー生産者の活動を取り上げたものを観ました。当時マウベシ・コーヒー生産者組合(コカマウ)コーディネーターとして6つの集落をバイクで駆けまわっていたフランシスコさん(『コーヒー生産者の声』で紹介しています)が主役で、まだテトゥン語のできなかったわたしがインドネシア語で通訳をしたのでした。

日本からの参加者のみなさんを案内し、ハヒタリの人びとのあたたかいもてなしの中で、05年の映像をみながら湧きあがる感情がありました。独立した後、誰にも依存せずに自分たちの自立した経済基盤を築きあげようと、一緒に夢を見てきた人たちの顔がありました。インドネシア語ができるというだけでコーヒーについても組合についても何も知らない外国人に信頼を寄せてくれ、理想を語るこちらと現実との間で悩みながらも夢を語ってくれた人たちに、あれから6年、報いはあっただろうか。25,000ドルという、東ティモールの農民組織では前例のない多額の資本を蓄えて、2011年5月、コカマウは集落ごと11のグループに資本を分割し、小グループ運営へ移行しました。この過程が、彼らが夢見る自立へのステップであるように、そしてわたしたちの存在がその過程を勇気づけこそすれ挫くものでないように、と願わずにいられませんでした。

(パルシック 伊藤淳子)