PARCIC

スリランカ

ムライティブ日誌#1 ムライティブ県でのプロジェクト、開始しました

2013年3月10日から、ムライティブ県マリタイムパットゥ郡のコクトルワイ、カルナドゥカーニ、コクライ村の3村で、内戦終結後に帰還した人々の生活再建とコミュニティ復興のプロジェクトを開始しました。ムライティブ県は、内戦の終盤まで政府軍とLTTEの間での激戦が繰り広げられた地域で、終戦後も、いまだ軍が占拠している地域があり、元々住んでいた場所に戻れていない人々もいます。

戦争によって壊れた家が多く残るムライティブの村々

戦争によって壊れた家が多く残るムライティブの村々

ムライティブ県の中でも、東南の海岸沿いに位置するこれらの3村は、1983年に政府軍、LTTEの間での戦争が始まって以来、両者が支配する地域の境界となり、住民の立ち入りが禁止されていた地域です。人々は1990年の停戦の際のほんのわずかな期間は戻ることが許されましたが、その後もつい最近まで、故郷に帰ることができませんでした。多くの人々が、昨年難民キャンプや親族の家から戻ってきたばかりです。戦火を受けて崩壊した家を再建する資金がなく、椰子の葉とトタン板で建てた仮設の家に住んでいる人たちもいます。現在、3村合わせて約900世帯が戻ってきていますが、まだ海外や親戚の家などの避難先にいる人もおり、帰還が続いています。

昨年コクトルワイ村に戻ってきた人の家

昨年コクトルワイ村に戻ってきた人の家

パルシックはこの地域で、共有井戸の建設や、漁協施設、コミュニティホールの再建を行います。2013年の前半は、緊急性の高い共有井戸建設から始めました。ジャフナの街中では1世帯に1つあるのが一般的な井戸。水道の普及率が約40%のスリランカでは、水道が通っていない地域の人々にとって、井戸は生活に密着した重要な水源です。飲料用の清潔な水が得られない一部の地域を除いて、飲み水、調理、トイレ、洗濯、水浴び、植物の水やりなど、すべての生活用水が、井戸の水によってまかなわれます。戦争前は、ムライティブ県のこの地域にも、1世帯に1つの井戸がありましたが、25年に亘って続いた戦争のために、それらの井戸は破壊され、今となっては形跡も見付けられないものもあります。

草むらの中に埋もれてしまっている過去の井戸

草むらの中に埋もれてしまっている過去の井戸

終戦後、国連機関やNGO、地方自治体によって修復、再建された井戸の数は限られており、500m~1kmかけて水を汲みに行く家庭も少なくありません。中には、工事中の大通りを横切ったり、小川を渡っていかないと行けなかったりするようなところも。飲用の水を、1日何回も汲みに行くのは大変です。NGOによって支援された簡易式のチューブ井戸を周囲に住む人々と共有しているお母さんは「自宅の敷地内にある井戸に、朝夕問わず約15世帯の人々が水を汲みに来て、落ち着く暇がない」とのこと。1世帯1井戸には及びませんが、少しでも多くの人々が、より近くで十分な水を得ることができるよう、10世帯~15世帯で使える共有井戸を12基、建設します。

ムライティブの道路のほとんどが、現在工事中

ムライティブの道路のほとんどが、現在工事中

このムライティブ日誌では、ムライティブ県でのプロジェクトの様子や、復興の中で日々変化していく村でのできごとをお伝えしていきます。