PARCIC

パレスチナ

From Poor Farmers to Poor Families(貧しい農家から貧しい家庭へ)プロジェクト #1

パルシックはガザ復興支援事業の一環として、3つの支援団体のうちの1つ、Palestinian Agriculture Relief Committee(パレスチナ農業復興委員会 = PARC)とともに「From Poor Farmers to Poor Families」(貧しい農家から貧しい家庭へ)プロジェクトを実施しています。

本プロジェクトの特徴は、

  1. イスラエルの攻撃によって損害を受けた小規模農家から新鮮な野菜を買い取り、
  2. 女性経営の生協からもスパイス、ハーブ、オリーブオイルを買い、
  3. 今回の攻撃で職を失った人たちを、買い取った食糧の小分けのために雇うことで雇用を生み出し、
  4. 貧しい家庭へ「食糧バスケット」を配布する

ところにあります。

小規模農家から野菜を買い取ることを決めた背景として、イスラエルの攻撃によって農場が被害を受けた農家は、政府からの損失補償があるわけでもなく、大規模農家と比べると生産性が極端に落ちてしまうこと、そして停戦が合意されてから3ヶ月経った今でも、復興に必要な資材がガザに入ってきていないために全ての物価が上昇し、小規模農家は経営面でも大規模農家と同等に商売が出来ない状況にいることがあり、今回のプロジェクトはそれらを救済する措置も兼ねています。

女性経営の生協からの食糧購入を決めたのも、この生協で働く女性たちは母子家庭で大人数の子どもたちを育てており、ここから購入することによって少しでも彼女たちの生活が楽になるように、という目的があります。また、さまざまなところから購入している食糧を配布用として1つにまとめるために、イスラエルの攻撃により職を失いながらも大家庭を養っている人たちを雇うことにしました。

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農家さんと生協で働く女性たちへ、プロジェクトの説明会

ガザの農家の人びとは、この6年間で3回ものイスラエルからの攻撃を受け、そのたびに作物や家畜が被害を受けましたが、パレスチナ政府からは何も補償されません。イスラエルとの国境近くの農家の場合、国境に近すぎるという理由で土地を取り上げられた、など多くの現状に対する不満の声が挙がっていました。

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ガザの養鶏所を訪問

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ガザの農家を訪問

このプロジェクトでは、農家から一般家庭に至るまで、イスラエルの攻撃により何かしらの被害を受けた人びとを対象に幅広く支援を行っているため、数枚の写真だけでは被害状況が詳細にお分かりいただけないと思いますが、攻撃中は外出ができないため野菜に水をやることすらできずに作物が枯れてしまったり、養鶏所の鶏への餌がやれなったため多くの鶏が死んでしまったりと大きな被害を受けた人びとは、今、停戦が合意されると同時に仕事を再開し、元の生活を取り戻そうと、毎日一生懸命仕事をしています。

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ガザの特産品のスパイスドッカや、タイムやマフトゥール(パレスチナ版モロッコ料理のクスクス)を生産、販売している生協

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手作業で仕事を進める女性たち

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ゾフデヤ・アファナとパルシックスタッフのサハール

※この事業はジャパン・プラットフォームの支援によって行っています。
http://www.japanplatform.org/programs/gaza2014/
(アンマン事務所 大野木)

 

女性たちの生協を訪問して (ガザ事務所 サハールのレポートより)

ゾフデヤ・アファナは私が会ってきた女性の中でもっとも特筆すべき女性である。彼女を一目見れば誰でも、彼女が心配事や悩みとは縁遠い明るい笑顔をふりまくエネルギッシュな女性であるように思うだろう。だが彼女の話を聞けば、その笑顔の裏には数多くの物語があったことがわかる。

ゾフデヤは現在57歳。彼女は17歳の時から未亡人である。彼女には12人の娘と8人の息子がいて、うち3人は障がいを持っている。夫の死後、彼女は女手一つで懸命に20人の子どもたちを育ててきた。 ゾフデヤは5年間、オリーブの収穫時期になるとパレスチナ農業復興委員会(PARC)で働いた。その後彼女は、PARCの助成金を得て組織された女性の協同組合(生協)に参加した。

その生協は徐々に規模を拡大し、現在では25世帯の母子家庭の女性によって構成されている。それに伴い、彼女たちは自分たちの仕事をより効率的に行えるように機材も購入した。だが彼女たちのセンターは爆撃に晒されてしまい、約1万ドル(100万円)近くの被害を出した。

だが彼女たちはその後も再びゾフデヤの家に作業場を移し、事業を続けたのだ。

彼女たちは、以前は機械で行っていた仕事を手作業で行っている。今は必死に働き、作業に必要な機材を再び手に入れようとしているのだ。