PARCIC

石巻北上事務所

2015年度の復興応援隊の活動

東日本大震災から5年の歳月が経ちました。パルシックは震災直後に緊急救援から始めた後、事業の拠点を宮城県石巻市北上町に置き、地域の漁業復興、仮設暮らしの皆さんへの農業支援を実施してきました。2015年度からは復興応援隊の活動のみに集中し、地域の復興を支援しています。復興応援隊は、総務省の事業で、被災3県が市町村と連携して、それぞれの地域の復興に取り組む人材を募って「復興応援隊」を結成し、一定期間地域住民の活動を支援するものです。パルシックは2012年12月に宮城県から復興応援隊事業を受託し、

  1. 住宅移転・まちづくりの支援
  2. かわら版の発行
  3. 子ども支援
  4. さまざまな地域のイベントのサポート

を行っています。

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北上町の高台移転が完了する2017年度末まで、復興応援隊事業で地域の住民さんの生活再建を支援していく予定です。2016年3月現在、応援隊活動に取り組む4名の応援隊員をご紹介します。

復興応援隊の声

佐藤 尚美

東日本大震災から5年を迎えようとしています。震災当時、私はパートをし、3人の子育てをしながら家族と北上町で暮らしていました。震災で主人がなくなり、その2年後から、北上地域復興応援隊として活動を始め、今年度で活動3年目を終えます。

2015年度は、主に「地域主体」を意識し、これまでの我々の取り組みを住民や地域に落とし込むための受け皿作りを中心に行い、まずは応援隊の後継組織「きたかみインボルブ」という若手の住民組織を結成しました。次の段階として、彼らが継続的に地域で活動出来る基盤創りに取り組んでいます。被災地の住民が望んでいることは、ここで普通に暮らすこと。復興とは、外観で図るものではなく、住民の実感からしか生まれないものだと思います。

インボルブ会議のようす

インボルブ会議のようす

成田 昌子

復興応援隊として今年度で3年目となりました。私の出身は北上地区の隣の地区で、私自身も被災しましたが同じ被災者目線で、物事を一緒に考えて活動していけたらと思い、応募した事がこの仕事を始めたきっかけでした。今年度の活動としては地域イベントの開催支援や地域向け広報誌「北上かわらばん」の取材、小学生対象の遠足や住民主体のまちづくりのワークショップ参加、ディサービスへヒアリングに伺い、昔の暮らし方や震災時の様子などを教えていただき、今後の課題となってくることは何かを探ってきました。今年度は人員が足りなかったこともあり、今まで以上に様々な活動や地域の方と関わる機会が多く、より良い経験となった1年でした。

デイサービスでのヒアリングのようす

デイサービスでのヒアリングのようす

遠藤博明

東京都出身。発災当時、私は建築専攻の大学生でした。春からは大学院に進学し、都市計画等の研究をする予定でいました。そんな時に起きた震災は私の考え方のターニングポイントとなりました。大学院進学後、私は宮城県石巻市牡鹿町の震災復興に携わる建築家の団体ArchiAidに学生スタッフとして加わり、2年間はその活動に充てられました。しかし、たった2年で震災復興なされるわけもなく、活動を続けたいと思った時にいただいた話が復興応援隊でした。支援地を牡鹿町から同じ石巻市の北上町へ移しましたが、大学院時代の支援経験と建築の知識を活かして、住民さんとの集団移転地計画策定のワークショップを主に手伝わせていただいております。

集団移転計画のためのワークショップ

集団移転計画のためのワークショップ

東 晶子

千葉県館山市で生まれ。2015年11月に復興応援隊として石巻市北上町で活動を始めました。これからの活動を海外に目を向けていたところを、知人が海外ではなく日本で抱えている震災や高齢化、過疎化などの問題をないがしろにすべきではないかと助言を受けて北上地区復興応援隊として活動する事を決めました。赴任してから、地域を知る事をモットーに月刊のかわら版の制作を行っています。地域によそ者が入り込むには共同作業だと考え、浜の仕事の手伝いや地域の行事に暇さえあれば参加しています。繰り返し足を運ぶ事で「また来てるの?」なんて声をかけてくれる方も。住民の方に牛歩ですが顔を覚えて頂けていると実感しています。

浜での作業を取材

浜での作業を取材