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大坂さんの東ティモール派遣日記(6)

まず、3月11日に東日本で起きました地震で罹災された方に心よりお見舞い申し上げますと共に、犠牲になられた方々に深い哀悼の意を表したいと思います。

今回は地震が起こって感じた事をお伝えしたいと思います。
私がこの度赴任するに当たり、覚悟をして来た事があります。それは、もしかすると今回のような事態が起こり、親の死に目に会えないかも知れないことです。自ら望んでティモールでの活動に参加させていただくことにしたのに、いざ出発日が近づくにつれて、そのことを考えると段々悲しくなり毎晩寝る前にシクシク泣いていました。

両親は無事でしたが、両親の出身地、岩手県釜石市は甚大な被害が出ています。現段階では、私の叔父二人をはじめ多くの親戚と未だ連絡が取れていません。この被害を知ったのは私達が活動しているマウベシ村から首都ディリに戻る車の中でした。心ある方が以前話した私の両親の出身地を覚えていて下さっていて、心配して電話をくださったのです。ディリ事務所にいる伊藤に情報を集めてもらうよう頼み、聞いたところマグニチュード8.8とのこと。これはただ事ではないな、と思いました。

ふとよぎる釜石での思い出。私が小学6年生まで弟と毎年夏に祖父母の家に遊びに行っていました。叔父は目が悪いのですが、一人暮らしをしており、私達を本当に可愛がってくれていました。1年半前、両親と弟・私の4人で釜石へお墓参りをしに行った際に親戚廻りをしたのが最後です。BBCで時折流される釜石の津波の映像を見るたび、息が詰まりそうになります。そして遠く離れたここティモールではただ祈る事しか出来ず、無力さを感じたりもします。

昨日、東ティモールで一番高い山、ラメラウ山(2,975m)のふもとのハトブリコ村へ業務のため行ってきました。こちらでも日本同様、山岳信仰がありラメラウ山はティモール人にとってとても大切で崇高な場所です。悪い道を抜けて景色が開けたところで同僚の女性が「あれがラメラウ山よ」と教えてくれました。頂上にはマリア様の像があるそうです。手を合わさずにはいられませんでした、どうかお助け下さいと。


▲ラメラウ山に祈りを込めて…

地震以来、私達が日本人と知るや否や「あなたの家族は大丈夫か?日本のために祈っているよ。日本人は東ティモールを助けてくれたから。」と本当に多くの方に言われます。その度に胸が熱くなります。これは、ここ東ティモールで活動して来た諸先輩方の汗と涙と努力の賜物なのだ、と。PARCICの現地スタッフも「叔父さんと連絡取れた?」と心配してくれています。とてもとても有難く、嬉しい事です。本当の家族と遠くに離れていても、ここでもパルシックと言う家族の一員なんだな、と感じるようになってきました。それはもしかするとこの地震がなければここまで感じなかったかも知れません。

東ティモールに来てちょうど5か月です。前回もお知らせしましたが、この間本当に様々な事が起こりました。最初の3ヵ月は日本が恋しくて帰りたかったのに4ヵ月目から急に目の前が開けて来て、ティモールでの生活が楽しくなり日本の事など考えなくなっていました。しかし、3月11日以降、考えるのは再び日本のことです。しかし、同様に東ティモールで一生懸命頑張ることが、今私に出来る唯一のことだとも思っています。*その後叔父や親戚一同とは連絡が取れ幸い無事を確認する事が出来ました。

(東ティモール事務所 大坂智美)