[PARCIC]特定非営利活動法人 パルシックは東ティモール、スリランカでフェアトレードを含めた「民際協力」活動を展開しています。


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スタッフ紹介
パルシックの東ティモール事務所を支えてくれているスタッフたちを紹介します。

ネルソン(29歳)   Nelson

コーヒー加工作業の監督や品質管理、出荷業務など、コーヒー関連全般を担当しています。

Parcic:Nelson 写真ではわかりにくいですが、ティモール人にはめずらしい長身、色白とあって、コカマウ組合の女性たちのあこがれの的です。甘い外見とは裏腹に超生真面目で、大勢で無駄話をしているとスッと席を立ってコンピューターに向かったりします。無駄口をたたかず淡々と仕事をこなす姿に、年長の組合員たちも彼には一目置いてくれているようです。

エルメラ県のコーヒー農家に生まれた6人兄妹の長兄で、パルシックで働き始める前に両親を立て続けに病気で亡くし、面接時は父親の喪中で全身黒づくめでした。「両親の死後、兄として弟妹の面倒をみなければならなくなった。兄弟が親類のところにばらばらに預けられ、別々に暮らすようになった。それでも大学はがんばって続けたいと思い、生活と勉学のために仕事を探した」。
東ティモール国立大学農学部に在籍。論文を残すFinalistですが、05年4月からパルシックで働き始め、07年11月に結婚して一児の父親にもなりました。「母は愛情を注いでくれ、父は親族全体からの尊敬の的だった。死んでしまってそのすべてが消えた。自分も結婚して一児の親になり、父母が作ってくれたのと同じような家庭を築きたいと思う」。将来は父親が遺してくれたコーヒー畑でコーヒー農民として暮らしたい、という夢を持つネルソン。コーヒーに関する知識を着々と吸収して、いまやパルシック東ティモールの柱になりつつあります。

マリト(50歳)   Marito

パルシックの会計、ロジ、事務所管理を担当しています。

Parcic:Marito パルシック東ティモール事務所の最長勤務者です。緊急支援をしていた2000年にドライバーとしてパルシックに入り、その誠実で几帳面な人柄を見込まれて現金出納を任されるようになりました。いまや、パルシック東ティモール事務所になくてはならない縁の下の力持ちです。
そんなマリトさんはまだ独身。東ティモールの七不思議と言われています。お父さんはポルトガル人ですが国外追放となって東ティモールにやってきました。すでにポルトガルに家族があったようですが東ティモールで再婚し、マリトさんたち5人の子供をもうけ、73年に亡くなったそうです。若くして遺されたお母さんのことを心から大切に思っているマリトさん。03年にお母さんが亡くなった時は気の毒なほどに打ちひしがれていました。
ポルトガル植民地時代に神学校で教育を受けたマリトさんはポルトガル語を理解する世代です。街の風景が変わったりすると、「ここは昔は○○だった」と驚くほどの記憶力で歴史を語ってくれます。東ティモールの歩く歴史書、とわたしたちはひそかに呼んでいます。
歴代のパルシック日本人駐在員、日本からの訪問客を常に愛情いっぱいに思い出しているマリトさん。彼に会われた方々、ぜひ素敵なお嫁さんを紹介してください。

フェルナンド(25歳)   Fernando

ロブスタコーヒーの加工業務監督を担当しています。

Parcic:Fernando 東ティモール国立大学で政治学を学び、09年5月からパルシックで働き始めました。人懐っこい性格で自分のことを「大人になりきれない子ども」といいますが、コーヒー収穫期はロブスタ生産者の集落に住み込みで加工監督をし、夜な夜な語り合ってすっかり生産者と打ち解けました。
小さい頃から絵を描くことが好きだったというナンド。中学生の時にその才能を滞在中の外国人に見込まれ、彼から様々なことを学び、大学に進学してからは「Sangar Masin」というアートグループに参加し活動していました。 パルシックディリ事務所には、ナンドが得意とするドット画の作品『ティモールに光を』が飾られています。
フェルナンドさんの作品
「絵は金と時間がかかるから」といって今は制作活動をしていませんが、マウベシの女性グループが新商品を開発するたびにラベルデザインを担当してくれています。
細い体でがっちりとバイクに乗るときの表情は怖いほど真剣ですが、「途中でヤギの群れに突っ込んだ」と失敗談を自分から笑って話すナンド。2010年の初めに生死の境をさまよう病気をし、生産者ともども大変心配をしましたが、しっかり養生して職場復帰を果たしました。

ルシア(25歳)   Lucia

事務所総務、PTC業務を担当しています。

Parcic:Lucia リキサ県バザルテテ郡生まれ。パルシックが2002年リキサ県の小中学校に机と椅子を配布していた時、バザルテテ中学校2年生でした。パルシックの机と椅子が学校に運ばれた時のことをよく覚えているといいます。東ティモール国立大学情報科学部を卒業し、09年11月からパルシックの現地会社「Peoples Trade Company」の総務として働き始めました。バザルテテのカトリック教義伝道師の家庭で育った末っ子。99年の住民投票時はお兄さんが熱心な独立支持者だったため、近所のインドネシア併合派住民から脅迫を受け、国際軍の到着を逃げ込んだ森の中で聞いたラジオで知ったといいます。気の強さと頭の良さでパルシック東ティモール事務所を盛り立ててくれています。10年11月にお母さんになる予定です。

アンジェリーナ(30歳)   Angelina

マウベシ女性グループの活動を担当しています。

Parcic:Angelina パルシックとは03年から、マウベシのコーヒー倉庫の計量係から始まりました。細い体で意志が強く、自分の考えをはっきりと伝える姿勢がマウベシの中では際立っていました。05年から徐々に始めたマウベシコーヒー生産者組合の女性たちとの付き合いで本領を発揮し始め、現在はマウベシの女性グループを励まし、引っ張っていく存在です。
マウベシから南に山を下ったサメという地域の出身で、農業高校在籍中に99年の混乱に遭遇しました。ゲリラ兵だった夫は01年の東ティモール国防軍創設の過程で、その手続きに不満を抱いてキャンプを抜け出した一団にいました。夫の将来を案じたアンジェリーナの父に勧められて結婚をし、男児をもうけたものの2ヶ月で夭逝。パルシックで働き始めたころ「家にいると気が狂いそう、もっと外に出て何かがしたい」といっていたことをよく思い出します。
マウベシのさまざまな境遇にある女性たちがもっと活躍できるようにと、かつての自分と重ね合わせるかのように奔走するアンジェリーナ。いまでは2人のかわいい娘さんもできて、恰幅のよい頼もしい女性になっています。