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ジャフナ漁村女性の声
| 現在パルシックが支援しているジャフナ県の漁村の人々の声をお伝えしていきます。日々の食べるものにも事欠く中で、子供たちには少しでも栄養を取らせたいと苦労している人々の生活の様子をみなさんにお伝えできれば、と思っています。 パルシックの養鶏事業に参加した二人の女性の感想を皆様にお届けします。 今回お話をくださった女性は、 バラシンガン シバレッチュミさんと アンビガパティ インドラニさんです。
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私はチャバカッドゥという漁村に住む36歳の主婦です。4人の子どもがいます。夫は漁師をしていましたが、今は自分の漁具がないため漁に出られず、カカイティヴの市場でエビを売っています。私はとても貧しい地域で生活していました。漁から得る夫の収入は、内戦の影響による漁業規制のために十分ではなく、私は噛みタバコを作ることと支給品で、なんとか生活しています。でも、子どもたちを学校にいかせる余裕はありませんでした。家事に追われ、あまり多くの噛みタバコは作れませんでしたが、わずかでも収入を得るために、毎日、朝早くから夜遅くまでできるだけたくさんの噛みタバコを作りました。 タバコの葉が手に入るかどうかは、船が航行できるかどうかにかかっています。(戦況によって)船が出ないときには、タバコの葉を手に入れることも難しく、もちろん収入を得ることはできませんでした。 そんなときに、パルシックがSDC(スイス開発公社)の助成で養鶏場を始める支援をしてくださったことで、私の家族は生計収入を増やすことができたのです。これは、私と私の家族にとって、まさに天からの大きな恵みでした。パルシックは、私を村の受益者40人のグループ・リーダーとして、任命してくれました。 今、私は自分の養鶏場を持ち、放課後は子どもたちも手伝ってくれています。 この事業のおかげで、私は子どもたちを私立の授業センターに行かせることができます。子どもたちを学校に行かせ、必要な学用品や授業料を払うこともできます。 卵は子どもたちのごはんにもなり、私にはそれが一番嬉しいことです。 今我が家には11羽の鶏がいます。2008年11月のサイクロン・ニーシャで、成長した鶏5羽(2羽の雄鶏と3羽の雌鶏)を失い、家も壊れてしまいました。そのときはがっかりしましたが、サイクロンを無事生き残ることができた鶏は、卵を産み、最近ではその卵を孵化させることにも成功しました! これから私はこの養鶏事業をどんどん大きくしていきたいと考えています。 かつて生活することに何の意味ももたなかった私たちのような人々を支援してくれたパルシックのような団体のことを、私はこれからも忘れることはないでしょう。 パルシックが開催した養鶏トレーニングも大変役に立ちました。地域の獣医を招いて行われた予防接種などに関する研修を受けたことで、私たちは鶏の病気がわかるようになり、死んでしまうのを防ぐことができるようになりました。 このプロジェクトによって、これまで私たちが貧しいからといって私たちを蔑んでいた近所の人たちが、私たちに少し敬意を払ってくれるようになりました。私たち家族は今とても幸せです。 |
私はアンビガパティ インドラニと言います。35歳で、6人の子どもたちの母親です。2004年の津波のときに二人の子供と夫を亡くしました。その後の生活は口にできないほど辛く、 どうやって家族を養っていけばいいのかさっぱりわかりませんでした。 そして、私は再婚しました。現在の夫も津波で妻と3人の子どもたちを失いました。 私は家と夫の漁具を失い、貧困の中で生きていました。また、今の夫が漁に出かけても、内戦の影響による漁業規制のために彼の収入はまったく十分ではありません。 こうした貧困のために、子どもたちの教育費を工面するのにもたいへん苦労しています。 そんな中2008年7月にパルシックがはじめた養鶏事業で、私はプロジェクトに参加して、2008年12月には404個の卵を得ることができました 。 これまでは貧しかったために、子どもたちに十分な栄養を与えることができませんでしたが、今は、私は子どもたちに栄養のある食物を与えることができます。 今、私の子どもたちは健康で、意欲的に勉強を続けています。 また、育てた卵を売ることで、収入を得ることもできます。この収入を私は将来にわたって家族を支えるために貯蓄しています。そうすれば、夫の収入の増減に頼らなくてもすみますから。 2008年11月のサイクロン・ニーシャで、私は3羽の雌鶏と鶏の飼料袋をなくしました。でもパルシックが50kgの追加飼料をくれたので、養鶏を続けることができます。今後、もっとたくさんの卵ができるように頑張りたいと思います。 夫の大工仕事の収入と、私の養鶏からの収入で、家族全員が満足して生活できます。このプロジェクトに参加させてくれたパルシックに感謝しています。 また、他の村の貧しい女性たちに対しても、同様のプロジェクトが行われ、彼らの生活が少しでも良くなるように祈っています。 |






私はチャバカッドゥという漁村に住む36歳の主婦です。4人の子どもがいます。
私はアンビガパティ インドラニと言います。35歳で、6人の子どもたちの母親です。